それはもう、憎いぐらい麗らかな日の午後。 「バッツ!勝負!!」 右から左へ貫通する、甲高い声にバッツの首も左へかくりと折れる。 またかよ…… 雨でも降り出しそうな、うんざりとした顔で振り返り。 「あーのーな?クルル…」 テンションも高らかに、ずびしぃっと自分を指差す少女に、露骨に大きく嘆息して見せて。 「なんで、オレにばっかり勝負を挑んでくるんだよ?!」 「だって、ファリスが『俺よりバッツのほうが強いから』って言ったよ」 「…………あの野郎…!」 低く毒づく。 相当な負けず嫌いなのに、こういうところだけ控えめというか、要領がいい。 きっと何処からか、自分がクルルにしてやられる様を見ているに違いない。 「というわけで、バッツ!いざ、尋常に勝負!!」 ジョブチェンジ!! ぽふっ、という効果音と共に、赤紫の鎧を着込んだクルルが日本刀を振り翳す。 何にジョブチェンジしても、何処となく大きいコスチュームは可愛さを引き立たせるが、 やってる事はシャレにならない。 「わーっ!待て待て!!なんで、オレとお前が勝負しないと駄目なんだよ!?」 「もう、バッツもファリスもいっつもそんな事言って取り合ってくれないんだから!」 ぷぅ、と頬を大きく膨らませる。 最強はバッツの『聖騎士【ナイト】』。 次に、ファリスの『竜騎士【ドラゴンナイト】』。 それが、バトルでの暗黙のルール。 物理攻撃では最強コンビのこの二人に、魔導師系のクルルとレナが補佐する。 それで切り抜けられない戦いは無い。 最近、魔導師系のジョブをほぼ極めたクルルが、物理攻撃系のジョブをマスターする事に力を入れ始めた。 それはいいのだが。 祖父ガラフが一番力を入れ、事実かなり強かったと聞かされた『侍』でレベルを上げ、 最強の座を取り戻そうとするクルルに、バッツもファリスも手を焼いていた。 「今日こそは、絶対に勝負をつけるんだから!!」 問答無用で振り下ろされるその切っ先を、確かな動体視力で見切り、バッツは後ずさる。 「おいおい。カンベンしてくれ〜」 こんな事で水晶柱(クリスタル)の力を使うわけにはいかない。 それ以前に、女の子に剣を向ける事など、出来る筈が無い。 そして。 そしてなにより戦えない理由が有った。 ファリスがクルルの挑戦に応じないのも同じ理由だろう。 彼女はまだ、見ていないのだから。 内心で溜息を吐くバッツに、クルルは攻撃の手を休めない。 横薙ぎの一閃は頭を低くして。 下からの鋭い斬撃は、上半身を反らす様にして躱す。 「もう!逃げるなぁっ!」 「………ムチャ言うなよ…」 逃げ惑いながら、クルルの剣筋を確かめた。 レベルは上がっているものの、まだまだ何処にでも付け込む隙がある。 ジョブチェンジせずとも、打ち倒す事は容易。 だがそれは、彼女のプライドを痛く傷つけ、逆に燃え上がらせる事も必然。 打ち倒す事は出来ないが、長引かせる事も出来ない。 仕方ない、かな? バッツは樹を背後に立ち止まる。 がきぃん。 初めて刀と剣−鞘付きが噛み合う。 「もう!真面目にやってってば!」 「あ、あのさ。クルル…」 素早く空けた手で、刀の腹を押すと、余った力が容易く切っ先を樹の幹にめり込ませる。 そうして、クルルの攻撃を封じ、バッツは静かに言った。 「ほんっとーに、オレが一番強いと思っているのか?」 「え?」 刀を抜こうと、再度力を入れたクルルは唐突な言葉に目を丸くした。 「それは大間違いってモンだ」 「え、でも…」 確かに、バッツが自らを最強と言った事は無い。 しかし、力のある唯一の男性で、しかも自分とは対照的に物理攻撃系のジョブをほぼ極めたバッツ。 そんな彼が弱いわけが無い。 また自分を上手く言い包める為の方言かとも思ったが、あまりの彼の真摯な目にクルルは声を失くす。 「…そんなの…そんなの聞いた事が無いよ…」 「そうだろうな」 オレもファリスも怖ぇし? 苦く笑ったバッツの言葉に今度は耳を疑う。 (バッツとファリスが怖い…?誰を…?) 傍若無人型のファリスと、マイペースであまり物事を気にしないバッツ。 そんな2人が恐れるような人物が今まで居ただろうか。 「あの…それって……?」 恐る恐る尋ねた台詞は、バッツのひどく険しい顔に掻き消されるが、それもたった一瞬。 すぐに大きく息を吐くと、大仰に肩を竦めて諦め顔になる。 「剣を振り回せるだけが強さじゃないし、見ているものが全部じゃない。お前にも分かるぜ。……すぐにな」 「すぐ……?」 どごおぉぉん。 炸裂音がすぐ其処で響いた。 音源は樹の幹から。 びりびりと、凄まじい衝撃が刺さったままの刀を通して伝わって来る。 「きゃあっ?!」 思わず頭を抱えて蹲るクルル。 背中に伝わる衝撃に耐えながら、とほほ、と呟くバッツ。 「な、何だったの?今の…」 視界を真緑に埋め尽くすほど、落ちて来る葉を払い除けながら、樹を見上げたクルルは、 バッツの頭上僅か1〜2メートル上に異常を発見する。 「何、あれ?」 幹に刻まれた掌大ほどの窪み。 いや、あの形は。 「……クルル。後ろ、後ろ」 つんつんと突付かれて、首だけを後ろに巡らせる。 「………レナ、お姉ちゃん?」 何時の間にやって来たのか。 険しい顔をしたレナがすぐ其処に立っていた。 「…………………」 何も言わず、つかつかと歩み寄って来る彼女に、情け無いほど狼狽の声を上げる。 「ちょ、ちょっと待てレナ!オレは何もして無いぞっ!!」 「…………」 「本当だってば!喧嘩なんかしてないからな!?」 「では、どうして武器が出ているのかしら?」 何時もの温和なレナとは程遠い冷ややかな声色。 「あれほど、武器を使っての喧嘩は禁止だと言ったでしょう!」 「だから、違うって。これはクルルが稽古をしたいって言うから…なぁ、クルル?」 「ああ…う、うん?」 上の空で返事を返して。 すぐ後ろに立ったレナをじっと見上げる。 腰に手を当て、真っ直ぐにバッツを見ている。 (修行僧【モンク】のお姉ちゃん…初めて見た……) 袖の無い、豪奢な金の縁取りがされた真紅の中国(チャイナ)服。 太ももには大きなスリットが入り、肩にかかる亜麻色の髪は二つに分けて纏めている。 (え…て、事は……) あの樹の窪み。 あれはどう見ても足の形だった。 (まさか、お姉ちゃんの『蹴り』!?) ウソでしょ? 雑魚を屠るには最適の全体攻撃では有るが、バッツにしろファリスにしろ、たかだか蹴りにこんな威力は無い。 唐突にクルルは理解した。 背筋が寒くなる。 確実に二℃は体温が下がった気さえする。 「本当なの?クルル」 「う…うん」 優しい笑みが怖い。 「あたしがバッツにレベルを上げたいから、練習を頼んだんだよ。だ、だからバッツを怒らないで」 「…そう。それならいいんだけど。でも武器を持っての練習は危険だから気をつけてね。 ……バッツも」 「な、なんだ?!」 「怪我をさせないようには勿論だけど、貴方も怪我なんかしないでね」 ふ…と笑う。 「多分、その辺りに隠れている姉さんも」 遅くならないうちに、帰って来て下さいね。 コテージへと戻るレナの背を呆然と見送るクルルと、大きな溜息を吐いてがっくりと項垂れるバッツ。 そして、何処からとも無くひょっこりと顔を出すファリス。 「ふぇ。相変わらずあの状態のレナは鋭いな」 普段は気配なんて読み取れ無いくせによ。 がりがりと淡紫の髪を掻き毟りながら、バツが悪そうに舌を出す。 「ね、ねえ。…もしかしてバッツとファリスが怖いって言う最強の人って………」 「あーそうだ。分かっただろ?」 「敢えて、名前が聞きたいのか?クルル」 脱力しまくったバッツと、同じく勘弁してくれよ、と言わんばかりにファリス。 「…………………ううん。いい……」 分かっていても、聞きたくない気はする。 「それじゃあさ」 地面に落ちた刀を拾い上げ、鞘に戻しながら、さらり、と言った台詞にバッツの顔がさらに青ざめる。 「バッツと勝負しようと思ったら、レナお姉ちゃんが居ない時にやらないといけないんだね」 「ちょっと待て、クルル!!お前、懲りてないのかよ!?」 「だって。あたしの『侍』のレベルを上げようと思ったらやっぱりバッツは倒さなくちゃいけないもん」 「最強が分かったんなら、そっちに相手してもらえよ」 必死のバッツ。 「ん〜。でも、バッツに勝てないのに、挑んだって勝てっこないし」 「オレん時だけそう言うか!?」 さっきは、ファリスにけしかけられて来たくせに! 「ん、まあ。それはそれ。これはこれって事で」 右から左に手を置き換える仕草をして見せて。 「と、言うわけで」 一度鞘に収めた刀をすらーりと抜きながら。 「あらためて!バッツ、勝負!!」 「おうおう。バッツ、頑張れよ。俺は此処で見届けてやるからな」 にやにやと笑って傍観者を決め込む。 「…………………」 暫し絶句した後。 いい加減にしろぉーーーっっ!! 絶叫が森中に響く。 バッツ=クラウザー二十歳。 つくづく受難が似合う男。 オマケ FF5生誕10周年記念webサイトに投稿したもの。 管理人さんの都合上、2004年度いっぱいで閉鎖される事が決まった為、此方に持って来ました。 FFではたいへん珍しいギャグなのですが、これはサモナイの影響を多分に受けているものと思われます。 昔の私ではこんな話、考えられないですね。見せたらびっくりしそうです(苦笑) 書いていて、とても楽しい話でした♪ 20040915UP Back |