ねぇ、飛べる? 「…空を飛ぶ魔法?」 不意に顔を近づけられて、反射的に小狼は思いっきり仰け反った。 赤い顔を見られまいと、そっぽを向き、跳ね上がる心臓の音を隠す為に声を絞り出す。 「うん、そう」 こんなに近くでも、小狼の動揺は、まったく彼女に伝わらない。 さらさらの髪を揺らし、純情な少年にさらに顔を近づけた。 「小狼くん、いろいろな魔法が使えるでしょ。 小狼くんの魔法って、カードさんたちと似た物があるから、『翔』のカードさんみたいに、 飛べる魔法も有るのかな、って思ったの」 雷と風、それに水と火の魔法は有るのは知ってるんだけど、と頬に指を置いて 首を傾げる。 「………それを聞いて、どうするんだ?」 彼女との距離を取り、平然を装うが、赤い顔は隠せない。 「あ…うん。えっと、ね」 初めてその言葉を吟味するように、彼女は空を見上げた。 木々の枝枝を飛び越して、電線を跨いで----雲ひとつ無い青い空のもっと遠く。 彼女が見ているものを、小狼も追った。 「…小狼くんとなら、行けると思ったんだよ」 翡翠色の瞳に、端正な横顔を映し、笑う。 「………………はぁ?」 要領を得ない答えに、眉を顰めた小狼の前で、鎖に通した『鍵』を出す。 「わたしは、カードさんたちのおかげで、魔法が使える。 お花を出したり、灯りを付けたり…空を飛んだり出来るの。 みんなには出来無い事を、カードさんの力を借りる事で、わたしにも出来るの」 両手で包んだ『鍵』を胸に押し当てて。 「小狼くんはわたしと同じ、カードキャプターだから…魔法が使えるから、きっと知世ちゃんや千春ちゃんたちとは行けない、 もっと遠くへ行けるかな、って思ったの」 月峰神社の鳥居よりも、学校の屋根よりも、東京タワーのてっぺんよりも、もっともっと高い場所へ--- 「………おれは、空を飛べる魔法など持っていない」 髪を掻き上げ、再び空へと向けられた眼差しを見、彼女が見ているものへと視線を移す。 自分たちが見ている同じものは、どれほどまでに違うのだろう。 ふと、そう思う。 色も、距離も、大きさも、形も、何もかも。 何もかもが、足りていない。届いていない。 -----あそこまでは遠すぎる。 「…そ、そう……」 あからさまにがっかりして落ちた視線を、まるで気にも留めず、小狼は続ける。 「おれが持っている魔法に『浮歩』というものがある」 「…ほえ?」 「この魔法は、基本的に何かの上を歩くものだ。細い枝や糸、それに水の上なんかがそうだな。 たとえどんなに高いところへ行けたとしても、足場が必要で、『翔』ののように、全てから解き放たれる事は出来ない。 …おれの魔法は制約が多すぎる。お前の持つカードのようにはいかない」 「…そう、なんだ」 「…お前は行くんだろ?」 「え?」 慌てて上げた視線が赤茶の瞳とぶつかり、その瞳は真っ直ぐに翡翠色の瞳を映している。 迷いも、恐れも、何も無い-在るのは強い意志と意思。 「行くんだろ?お前は。…だったら、おれも行く」 努力で片付く問題ではない。 ただ強く願うだけ。 遠いと諦めたくは無い、と。 諦めてしまえば、この距離は悪戯に広がるだけ。 飛ぶ術も、行く術も、何も無くても、行きたい。 行く、と言うのなら。 「ど………」 どうやって?という言葉を、彼女は飲み込んだ。 見上げる澄んだ赤茶の瞳は、自分の願う確信に満ちている。 自分が行く何処まででも、きっと来てくれる。 いままでも、ずっとそうだった。 そう思った瞬間、心の中が急に、広がり充たされていくのを感じた。 少しだけ目を閉じ、その想いを味わうと、真っ直ぐに赤茶の瞳を見返し、大きく頷いて笑った。 「うん!一緒に行こうね!」 君となら、もっと高く飛べるよ。 「ツバサ」連載を記念して、と言うわけでも無いんですが… その他の話第一号は「CCさくら」からです。 もぉう、小狼ファンなんですが、ハマったのは、アニメが終わってから。 同僚に映画版の第二作を見よう、と連れて行かれてからなんですが。 しかし、小狼てばイイ男ですね。ツバサの爽やかな好青年風もいいのですが、 個人的にはCC版の寡黙な感じも好きです。芯の強さは変わって無いですが、ツバサの方がややしなやかですよね。 「さくら」でも幾つか話は書いたのですが、多分、これが一番マトモだと思われます。 あとのは結構小狼の扱いが悪いので… これも「だからどうするんだ?」と言った突っ込み要素満載ですが、それを通り越して気に入っています。 青い空の向こうに、願うものは見えますか? 20030610UP Back |