昼なお暗い密林の中に、いかにも怪しくボロい建物がひとつ。
こんな人通りの無い場所に隠れるように建ち、胡散臭さ満載で、なおかつムサい筋肉達磨がごろごろと屯していたら、フツーはこう思うだろう。

 …………盗賊のアジト、と。

まあ、並の人間なら、見つからぬよう、そそくさとやり過ごすのが賢明である。
繰り返すが、並の人間、ならの話。
…だが、こいつらに見つかったのが運のツキ。





突如上がる轟音と火柱。
怒号と悲鳴。

そして…毎度おなじみの台詞からそれは始まる。



「な、なんだぁっ!貴様!いきなり何しやがるっ!」

火炎球で焦げ焦げになった男が、タンカを切るが、どうにも這いずった格好では様にならない。

「ふっ」

真紅の髪と漆黒のマントをふわさっ、と靡かせ、左手は腰に、右の親指でビッと自分を示した。

「問われて名乗るもおこがましいが、天才美少女魔導士、リナ=インバースとは、あたしの事よ」
「…いや、誰も聴いちゃあいねぇし」

離れた所で傍観を決め込んでいるゼルガディスが的確にツッコむ。
余りの聞こえよがしなそのツッコミをリナの超地獄耳が逃す筈が無い。
だが、取り敢えず今は無視。

「リナ?」

その名を聞いた途端、恐怖の色を湛えながら、男は恐る恐るリナを見上げる。

「……歳ならば15・6。赤い髪と赤い目を持つ魔導士の女……」

燃えるような紅瞳が、冷たく自分を見下している。
優越と不遜と無慈悲。
彼女を纏うオーラに、男は凍りつきそうな恐怖に打ち震える。

「まっ、まさか…あのリナ……盗賊殺しのリナ=インバース?」
「ぴんぽーん。分かってんなら、大人しくお宝出しなさい。
…出さないと分かってるわよねぇ?」

優しい、あくまで穏やかなリナの声。
その裏側に秘められた圧倒的な威圧感と冷酷な台詞はまさに悪魔の囁き。
男にとっては死の宣告以外の何者でもなかった。
自分の子供よりも幼い少女の前で、蛇に睨まれた蛙よろしく動けずにいる男の行動をどう解釈したのか。
リナはさも当然のように、さらり、と恐怖を煽る毒を吐いた。

「まあ、あたしとしちゃあ、別に此処をプチ壊してから、頂くもん頂いたっていいんだけど。
早い目に出すもん出したら、生命だけは助けてあげる、って言ってんのよ」

 今日は機嫌が良いしねっ、と付け加えて。

「なあ。早くした方がいいぜ」

リナのすぐ後ろで、鞘に入れたままの剣を無造作に肩に担いだガウリイが、溜息混じりに促す。

「もうそろそろ昼時だろ?路銀が無い上に、腹が減りだしたら、こいつ暴れだすぜ?
そうなったら保護者のオレでも止められんからな。機嫌が良い、って言ってる今のうちだぞ」

な?と軽く言ってカラカラと笑った彼の顔面に、振り向きざまのリナの右ストレートがもろに入る。

「いってえなぁ。何すんだよっ」

フツーの人間ならば鼻の骨が折れていてもおかしくは無い、最低限でも鼻血くらいは出ても当然のパンチ。
だが、少し赤くなっただけの鼻の頭を撫でながら、それでも完全には怒っていない口調のガウリイ。
つくづくリナには甘い男。

「何すんだ、じゃないわよっ!あたしゃ猛獣かっ?」
「飯ン時のお前は似たようなもんじゃないか」
「違うわっ!…それより、あんた」

不意に向けられた紅色の瞳が殺意にぎらり、と光ったのを男は確かに見た。
死ぬ、という感覚が全身を貫く。
だがそれは、恐怖を通り越し、穏やかささえ感じてしまうものだった。
覚悟を決めた男の前で、さらにリナは凄む。

「で、どうすんのよ」

 最初から男に選択権など有りはしない。
…いや、リナ=インバースに出会い、とばっちりで怒らせたにも拘らず、生命が助かっている事だけでも驚愕に値する。
死の覚悟から開放された男は、苦渋の表情を浮かべ、辺りを見回す。
遠巻きに不安げな顔で成り行きを見ているだけの仲間達。
抵抗も何もせず、見ているだけの彼らに失笑を漏らしながら、くれてやれ、と手だけで合図した。
仲間達はそれぞれに顔を見合わせながら、やがて建物の中に入って行く。





「……あいかわらず凄いですね、リナさんてば」

ゼルガディスの横で、同じく成り行きを見ていたアメリアがふぅっ、と溜息を吐いた。

「この世界の全ての盗賊が、あんな風に認識してるのかしら?」

どちらが悪なのか分からなくなるわ、とゴチるアメリア。

「多分、そうだろうな」

麻袋に詰められたお宝が、建物の中から次々に運び出される様を見届けながら、何気なく答える。

「ところでゼルガディスさん」
「なんだ?」

呼ばれて初めて彼女の方に顔を向ける。
視線が合った事に、アメリアは破顔し、殊更真面目に言葉を紡ぐ。

「ガウリイさんてば、何時からリナさんの保護者をしてるか、ご存知ですか?」
「……?いや。オレがあいつらと出会った時にはもう、あんな感じだったが…それがどうかしたのか」
「いえ…ちょっと気になっただけです」
「何がだ?」

純粋であるが故に、真っ直ぐな瞳を彼なりに優しく受け止めながら、ゼルガディスは先を促した。

「ガウリイさんはリナさんの『保護者』なんですよね?
だったら、リナさんはガウリイさんの何なのかな、ってそう思っただけです。
それに…リナさんってば、あんなにつよいのに、どうして『保護者』なんか必要なのでしょうか?」
「………」

 珍しく真顔をするから何かと思えば、こんな事か…

彼女らしいといえばそうかもしれない。
軽い脱力と眩暈に襲われながら、自分に言い聞かせ足に力を込めた。

「……そんなに知りたければ、ガウリイなり、リナなり直接聞いたほうがいいだろう」
「そ、そりゃ…そう思いますけど。リナさんにそんな事聞いたら絶対怒りそうだし、ガウリイさんにしたって…
ガウリイさん、絶対!忘れていそうですし」
「…言えてるな。だからオレに聞いたのか」

やれやれ、と額に手を当て、溜息をひとつ。

「言っている事は分かるが…それはお前さんらしくないな」
「わたしらしくない、ですか…?」

真顔が形を変える。
不思議そうにまんまるにした瞳で、小首を傾げる。

「そうだ。お前は真実がモットーだったな。
真実は自分の目で見て、自分の耳で聞いてこそ、真実じゃないのか?だったらオレに聞くのは間違っている、そうだろ?」

大きな瞳は数度瞬きを繰り返す。

「そうですよねっ。たしかにゼルガディス」さんの言うとおりですっ。わたしが間違っていました」

ぐぐぐぐぐっ、と握り拳を握りしめ、明後日の方向へと気合を込めて。

「分かりました。わたしはわたしのやり方で、きっと真実を見つけてみせますっ!」

 そんなたいしたもんでもないだろうさ。

深く溜息を吐いて、空を見上げると誰にも聞こえぬよう零す。

「……オレは本当にこんな奴らといて大丈夫なのか?」

いやでも染まりつつある自分自身を自覚し、その自分へと問いかけるが、答えなど有りはしない。
そんな自分を呪いながら。

「…オレは残酷な魔剣士だったはずだ…」

既に過去形になっている事に、彼自身は気づいているのだろうか?





「お〜い!ゼルーっ。アメリアーっ。何してんのよぉっ。置いて行くわよ」

突然聴こえたリナの声に、ふたりは我に返る。
見れば、品定めも終わったのか、リナもガウリイも大きな袋を担ぎ、こちらを見ている。

「終わったようですね。行きましょう、ゼルガディスさん」
「あ、ああ」

あれほどのパワーを秘めているとは思えない細い腕に引っ張られて、しぶしぶとゼルガディスは走り出す。
追いついたふたりの、特にやたらと楽しげな笑みを浮かべるアメリアに、リナは怪訝そうに聞いた。

「なに?何かあったの?」
「いえ。別に」

にこにこと無邪気な笑顔の中の、好奇の色を隠しもせず、アメリアは首を横に振る。

「あ、そう」

あっさりと話題を打ち切って、袋を担ぎ直したリナは踵を返す。

「はやく、どっかの街に入ってお昼御飯食べよー」

勝利のゲンコを上げて、意気揚々と歩き始めた。

「おー!」
「異議なーし!」
「……おぅ」





そうして後に残ったのは、ある意味壊滅よりタチの悪い、まさに逆さにしても鼻血も出ない状態で取り残された盗賊の一味。

ひるるるる…と巻いた一陣の風が哀しくも冷たくて。
身も心も懐も寂しく、凍りつかんばかりに痛む。

焼け落ちた建物。
身包み剥がされた自分たち。

結果的に因果応報とはいえ、余りにも無残な結末に呆然と男は立ち尽くす。

ゾウが踏んでも壊れない、ドラゴンも跨いで通る、魔族さえもが土下座する。
そんなフツーじゃない、異常な奴らの姿が遥か遥か遠く、完全に山の向こうへと消えてから。

「ちっくしょおおおおぉぉぉっっ!鬼ーっ!悪魔ーっ!ちびーっ!
むねなしーっ!!ドラまたーっっ!リナ=インバースのばっきゃろーっっ!!」

 おーっ。おー。ぉー。

余りにも不憫で虚しい叫びが、何時までも何時までも森の中に木霊していたという。








6年前に書いた話です。
当時はそれなりに書けた、と思ってましたが、流石にかなり訂正入れました。
なるべくその頃の文体を壊さないようにはしたのですが…(平仮名が意外と多いのもそうです)
スレイヤーズはガウリナでハマってました。ものすごくたくさんの話が残ってはいるのですが…
重破斬で闇に葬りたいほど糖度高いヤツか、神滅斬で切り刻みたいほど陰鬱か…
極端なんですよねー(泣)
まあ「スレイヤーズか、懐かしいな」と思っていただければ。
しかし、今みれば、怖いほどノッて書いておりますな(苦笑)


20040101UP


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