―――――――まったく。



盛大に溜息を吐き、痛む頭に手を当て、空を仰ぐ。
まだ高くもない陽が、苦々しく自分を見上げている彼を見下ろして笑っている。

もう一度大きく息を吐くと、ぐるりと辺りを見回す。
10人ほどの、あらかさまに風貌と人相の悪い男たちが完全包囲を作り上げ、
嫌な笑みを浮かべている。
弱い動物をいたぶって喜ぶ、悪質なそれ。

こんなに次から次へと、本当に騎士団の遠征が行き届いているのか、思わず疑いたくもなるが、
それよりなにより気になるのは、襲う基準を何処で決めているのか?
問い詰めたい衝動に駆られる。

 終わった後に気が乗っていれば、それもいいかもしれない。





 場慣れというのは恐ろしいもの。

ついこの間まで―野盗というものがどれほど凶悪で狡猾な集団であるか、
彼女と共に見聞した日から、まだ10日と経っていない。
それなのに、溜息さえ吐いて見せるその余裕っぷりに、野盗の額やこめかみに、
ぴしぴしっと音を立てて青筋が入る。

 何はともあれ、本日3組目――――――




 どさっ。

確かに今は追放されているに近い状態かもしれない。
しかし、それでも蒼の派閥の一員としての自覚を持つべきなんだ。
……………なのに、トリスときたら。

見守る小さな背。
その背が素早く視界から消えたかと思うと、彼女を隠していた大男の身体が、
またも冗談のように宙に舞う。

逆海老の形に背を反らせながら。

そして誰かが発した感嘆の口笛を飲み込み、土煙を上げながら、盛大に石畳へ頭から突っ込むと、ピクリとも動かなくなる。



「おお、終わったかぁ?」

息切れひとつ見せず、撃墜王の片翼フォルテが大剣セレブレイドを担ぎ、のんびりと言った。
会心の笑顔で仲間たちを振り返ったトリスの傍らへ大股で近づくと、乱暴に彼女の頭を撫でる。

「しっかし。本当強くなるよな、トリスは」
「本当。戦うたびに強くなっていくのが目に見えてわかるわ」
「まさに伸び盛りってやつだよな」
「えへへへへへ〜………………?」

心底嬉しそうに照れ笑いを浮かべるトリスだったが、覚えのありすぎる視線の痛さを感じ、
そちらへと顔を向ける。
案の定、ネスティが少し離れた場所から真っ直ぐ自分を見据えていた。
どうにもはらわたが煮えくり返っている、そう言いたげな顔で。

「ネス?」

どうして彼がそんなにも怒っているのか、皆目見当もつかないトリスは、
フォルテの手を掻い潜り、ネスティの前に立つと無邪気に顔を上げた。

黒が混じった淡紫の瞳を真っ直ぐに、躊躇いなく。

こんなふうに見上げられるのも、見下ろすのも何時ものことなのに。
何故か、一瞬ネスティは息を、そしてお馴染みの言葉を呑んだ。

 君はバカか?

何時もなら、そう言って先制してくるネスティが何も言わない事が逆に恐ろしく、怖々と口を開く。

「…ネス?どうしたの?怪我でもした?」
「………それはこちらの台詞だな」
「―――――へ?」
「……まったく、君ってやつは…!」

タイミングを逸し、怒りより呆れた口調でゆるく頭を振る。
そして、彼女の細い腕を掴むと、軽く持ち上げた。

「こんな物を付けて…君は拳法家にでもなるつもりなのか?」
「あは…ははは……?」

黒光を放つ、鉄の武具を見つめる濃紺の瞳が、無感情にすっと細まる。
それが説教の前兆だと、誰よりも身を以って知っているトリスは逃げようと身を引くが、
右腕はしっかりと握られたまま。

「何処に行くんだ?」
「だ…だって、ネス説教しようとしてるでしょ?」
「良くわかっているじゃないか」
「うう…やっぱし……」

怒られる理由に心当たりがない、という思いはすでに何処かに飛んでいた。
ただ、とつとつと始まる小言に首も肩も竦め、
震える子犬さながらに、怖々と兄弟子の顔を見上げている。

「いいか?僕たちは召喚師なんだ。蒼の派閥の一員としての自覚が足りなさ過ぎる!」
「………………むぅ」

一度始まれば、トリスに勝ち目などない。

「おいおい、こんなところで始めやがったぜ。本当にあいつら、面白れぇな」
「……あのね」
「でも、あたしは好きです。お二人のこういう何気ないやりとり」
「確かに、そうだけどね…」

あっという間に叩きのめされた野盗の瀕死体が累々と横たわる中での、
奇妙な光景に、フォルテは白い歯を見せながら嘆息する。
確かに妙な違和感はあるわね、と思いつつも、アメルの小さく笑う横顔と
こくこく頷くハサハの姿に、これもいいのかしら?と思い直してみる。

誰もが微妙な表情で、何処かほのぼのにも見える二人の、
おもろかしいやりとりを遠巻きに見ていた。

だから、誰もがすぐに気づかなかった。

その場に座らされ、まだまだ続くネスティの攻撃を、
頬を膨らませたまま聞いていたトリスの瞳が大きく見開かれる。

「だから、そんなふうに―――
…………?トリス?聞いているのか?」

彼女の視線が自分の背後に注がれている事に気づき、注意を促すが、彼女の耳には届かない。



「トリス!ネスティ!」

ケイナの叫びと、

「ネス!動かないで!!」

トリスの声が重なりながら、俊敏な動作と共に流れ行く。

膝を立てた形で座っていたトリスは、左足で思い切り地を蹴りながら立ち上がり、
上体を捻りつつ、勢い任せに、右足を繰り出す。

 それはもう、見事な角度で。

ネスティの肩の上、側頭部上空の空間を蹴破り聞こえたのは、
何かに食い込む鈍い音と、くぐもった呻き声。

 がらんっ。

 

 どさっ。

「トリスさん、ネスティさん!お怪我は有りませんか?」
「ちょっと、二人とも大丈夫?」
「…おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「うん、有り難う。大丈夫よ」

駆け寄るアメルとケイナ、ハサハに笑って答えると、
完璧に白目を剥いて卒倒した野盗を剣先で突っつきながら、フォルテが微苦笑を漏らす。

「ああ〜、スマン。こいつ、オレが倒しそこなってたヤツだな。悪かった」
「ううん。全然大丈夫だから、気にしないで」



「…………………なあ、トリス?」

「なに?」
「ネスティが固まってるぜ?」

言われて視線を真下に落とせば、ずーんという効果音つきで、
どんよりとしたオーラを発したネスティが、見事なまでに硬直していた。

「ネス?!どうしたの?何処か怪我したの!?」

 ……そういう意味で固まってるんじゃない、とは思わないのかね。

 哀れだな、ネスティ?

 ネスティも苦労するわね。

ネスティの心中を察し、流石のフォルテも頭に手を当て、口の中で呟くと、
がっくりとうなだれながら、以心伝心でケイナが同意する。
アメルとハサハの二人だけは、その格好良さっぷりに小躍りしていたりもしたが、
他に誰が居たとしても、首を横に振ったに違いない。

だが、誰よりもそれが分からない本人、トリスは。

「ネス?ネスってば?!」

一向に立ち直らない、もしかすると意識が何処かに吹っ飛んでいそうなネスティの名を
必死に呼んで、肩を揺すり続ける。




 
―――――外で戦闘訓練。

授業をサボって何をしていたかの、ただの言い訳だと思っていた。

しかし。

よくよく考えれば、弓や槍を本格的に学べる筈も無い。
当然、自己流で短剣を振り回したり、拳法家の真似事程度しか出来る筈も無くて。

それが今、こんな形で開花しようとは。
いまや、フォルテと並び、前線で敵陣を切り開く重要な役割と、
撃墜王の片翼を担うほどにまでなっていた。

彼らの言うとおり、一戦ごとに確実に「拳法家」の素質を伸ばしていくトリスに、
ついこの間までは無かった、新しい頭痛の火種に、ただただ頭を抱えるしかない。

 僕たちは召喚師なんだ。
 それ以前に、女の子だろう?君は………………

短すぎるタイトスカートで惜しげもなく、いや、あられもない姿を晒し、自分の怪我すら厭わない。

 ―――――本当に……まったく。

動揺も腹立だしさも頼もしさも…混濁する彼女への全ての想いを呆れながら纏めつつ。
薄く薄く、顔を上げても誰もそうだとは気づかないほどの、ごくごく薄い笑みを浮かべて。

じゃじゃ馬どころではない。
本当に一人前になるのに、なれるのにどれほどの時間を費やすのか。

 これでは、僕の監視役が必要無くなる日なんて、気の遠くなるほど先の話だな。

なれたとしても、彼女が変わることが無い限り…その役割が終わる日も無い事実までは、
まだネスティには思い至る事が出来なかった。



「―――………ル」

大きく大きく息を吐いて、

「アメル」
「えっ?あ、はいっ?!」

呼ばれるなどとは欠片も考えていなかった彼女は、
すっとんきょうな声を出しながらも、労わる言葉を忘れない。

「どうしたんですか?やっぱり何処か痛むんですか?」

「―――リプシーを」
「え?」
「トリスに…リプシーを」
「え?」

瞳を瞬いて、隣に立つトリスを見上げると、同じく驚いた顔で見返している彼女。

「―――……あ!」

血こそ出てはいなかったが、その頬に一筋の傷を見つけ、小さく声を上げる。

「へ?」

視線の注がれる箇所へ手をやると、微かに痛んだ。

「あ!大丈夫よ。こんなのほうっておいても治るから」
「ダメですよ。跡が残ったら、どうするんですか!」

優しいが、有無を言わせない口調でトリスの次の台詞を遮り、
リプシーを呼ぶための呪文の詠唱に入る。

「かすり傷なのに……」

むぅ、と頬を膨らます彼女を、リプシーの淡い紫の光が包む。
その光景を見ながら、フォルテはネスティを立ち上がらせ、意地悪く笑った。

「お前さんも大変だな?」
「ああ、まったく。これから先が思いやられる」

言葉に含まれたいろいろな意味を無視したのか、或いは理解出来なかったのか。
殆ど本調子に戻った生真面目な口調に、後者と結論付け、つまらなさそうに肩を竦める。

「心配なのもわかるが、もう少し見守ってやってもいいんじゃねぇか?
あいつはあいつなりに、見つけようとしているだけだろ?本当はお前さんだって―――」
「――――わかっている。しかし…」

熱せられた鍋の中の水から、小さな小さな気泡が幾つも上がってくるみたいに。
次々と湧き上がってくる、言いようも知れないこの息苦しさは何だというのだろう。
先ほどまで有った色んな感情の集合体にも似ている気もするし、
まったく関係ないもののような気もする。

「ネス?」
「………………………………」

穢れ、という言葉も意味も程遠く、知らないようにすら見える、見慣れた淡紫の瞳は、
その息苦しささえ、そっと癒す。

まだ、微かに波打つ心を大人びた表情の内に隠し、何時もの声で呼んだ。

「―――トリス。これを」

護身用と言いつつ、使った試しの無いグラスエッジを握らせ、

「今日、今から君はこれを使うんだ。武具なんてとんでもない。
それから前線はフォルテとハサハに任せ、君は鬼属性の召喚術に力を入れるんだ。
あくまで僕たちは召喚師なのだからな」
「えー!?」

抗議を無視し、鉄の武具を取り上げると、背を向け、小さいが深く深く息を吐いた。

 こんなことで戦い方がそうそう変わるとも思えないが…少しはマシだろう。

先ほどの見事な蹴りが鮮明に脳裏に蘇り、再び押し寄せる眩暈に耐えながら。

「一旦、ギブソン先輩のところへ戻ろう」





 最初に目指した地、ファナン。

其処で彼女の髪…いや、彼女自身に良く似合うオレンジの―凛々しすぎる道着姿に、
今日以上のショックと、其処でますます磨かれる格闘センスに頭を抱える羽目になる事を、
ネスティはまだ知らない。



 ましてや、その姿を良く似合う、などと本気で思ってしまう自分が居ることなどは。






 ―――――ちなみに。
其処の師範代、モーリンが驚くスピードで免許皆伝を取得してしまったのは、いうまでもないだろう。









記念すべき初サモ話はネストリでした。
今では考えにくいですが、最初はネストリでハマってたのですよね(懐かしい)

今読んでも、どうしてこんな話になったのか、かなり謎ですが、これがこのサイトの方針を
そしてサモ話の内容とネストリの関係を決定してしまったといっても過言ではないでしょう。
ネス兄、初っ端から苦労しまくっております。
それまで書いてきたFFやエストのギャップが素晴らしい限り。
この話を書かなければ、このサイトは「ぼのサイト」ではなかったのかも知れませんね(笑)

この話は私にサモ2の存在を知らしめ、ネストリにハメて下さった「classica」さまへの捧げ物です。
其方にはこの話の後日談も有ります。
久々に読んで笑えました。
まさかトリスが波〇拳を習得してるとは…っ!(忘れてました)



20030603UP


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