憬れていた。
差し出した手を握り返してくれる手。
空の下、君と二人で。
どこまでも。










「さあ、行こうぜ」

何の予告も無く、そう告げられてクラレットは戸惑う。
だが、気軽さぶりにリプレから買い物を頼まれたのか、或いは散歩にでも行くのかと思い、
彼女はふたつ返事でついて行く。
それがおかしい、と確信したのは、首を突っ込みながら商店街を通り抜け、領主の城を見上げ、
街の外へと向かった後。

「は、ハヤト!?」

狼狽する。
フリーバトルにしても、こんな遠くまで外出しない。
いや、もう戦いは終わったのだから、そんな事をする必要自体が無い。

 どうしてこんな事に気付かなかったんでしょう。

クラレットは自分の迂闊さに、苦々しく唇を噛みしめた。
ハヤトの腰にはサモナイトソードと仲間達から贈られたビリオン・デス。
肩には小さな鞄とそこから無造作に顔を出してる自分の杖。
そこから連想できるもの。
考えたくはない、考えたくはないが…

「ん?どうした、クラレット?」

何時もとなにも変わらない朗らかな笑み。
覚悟をしながらも、失いたくないと願っていた温かな、声。
じん、と痛さと心地好さが綯い交ぜになった胸を押さえて、クラレットは言葉を紡いだ。

「何処に行かれるのですか?」

そう言えば、あれ?と不思議そうに見開かれる薄茶の瞳。

「……あれ?俺、言ってなかったっけ?」
「…聴いてません!」

その不満そうな顔が事のほか可愛くて、ハヤトはプッ、と吹き出してしまう。
それが彼女の心証をよけいに悪くする、と解っていても、可愛いものは可愛いのだから仕方がない。
以前はあまり見ることの出来なかった表情だけに、嬉しさが勝った。

「ハヤト!?」
「ああ。ごめん、ごめん」

胸の前で両手を広げ、参った、の意思を示すがクラレットは構わずに踏み込んでくる。

「だいたい貴方は無茶なんです。戦いひとつ取ってもそうですし、今だって…
旅に出る、と言うのであれば、どうしてもっと早く言ってくれないんですか?」
「………え!?」

呆けた声がハヤトの口から漏れる。

 彼女は、聴いてない、と言った。
 それなのに、なんで知ってるんだ?

「…聴いていますか?ハヤト!」
「…………」
「ハヤト?」
「……ははっ」
「…??」
「あははははははははっ」
「ハヤト!?…もぅ」

 ああもう、本当に。
 俺に君は勿体無いないって思うよ。

「……すっげ、うれし……」
「え?」

笑い声の中に紛れたそれはあまりに不明瞭で聞き取れない。

「ハヤト?」
「…行こうぜ」
「ですが…」

散歩か買い物かと思って出てきてしまったのだから、他の仲間たちは心配するだろう。
それに…

「大丈夫だよ」

力強く、それでいて何も考えていないような能天気に明るい声。
だけど、不思議と信じられる自信に満ちた声。
その声の主をクラレットは仰ぎ見る。








自分を真っ直ぐに見ている薄茶の瞳。
その向こう、高く蒼く広がる空。
目を射る強烈な光を放つ太陽。

嫉妬し、憬れて止まなかったものが総て在る。
恐れながらも辿り着きたいと思えた場所。
決して光の下に、空の下に立つ事など出来ないと思っていた自分は今、此処に居る。

それは総て彼と仲間たちの所為だと、思う。
光の下で、青空の下でただ根気良く自分を待っていた彼の。
恐れる自分に手を差し出したまま、微笑みを絶やさず待ち続けていてくれた彼の。

一人では行けなかった。
自分はこんなにも臆病で慎重だったから。
行きたい、と言う気持ちがあっても、自分の闇が白日の下に曝け出される事に恐怖していた。
それでも、此処まで来れた。

一人で立ち上がり。
檻の鍵を外し。
暗闇のトンネルを抜けて。
自分の力で。
世界という名の、光の下へ。

 ただ、傍に行きたかったから。
 ただ、傍に居たかったから。









「クラレット?」

何も言わず、ただ自分を見つめているだけの少女に、ハヤトは心配になって声を掛ける。
綺麗な紫の瞳。
壊れ、砕け散りそうな儚さと、驚愕するほどの意志の強さを秘めた眼差し。
自分の世界には居なかった。
同じ色も、この強さも。

守りたくて。
だけど、その強さに守られていることも知っていた。
いつも自分を真っ直ぐに信じてくれる強さと優しさに報いたくて。
この世界を彼女と共に見届ける事を選んだ。

 …ただ、一緒に居たかっただけなのかも知れないけれど。






「……仕方が、無いですね…」

肩を竦め、小さな溜息を吐き、微苦笑を漏らして。

「いまさら私がどうこう言っても、貴方が考えを変える人ではないことは私も知っているつもりです」
「はは…」
「私も、見たいです。この世界で息づくものを」

かつて、何も知らぬまま壊そうとした世界を。
敢えて召喚術という名の火種を残した世界を。

自分の取った選択に嘆き苦しみ、そして僅かの希望を得ながら、この世界で旅する事を
彼が選んだのであれば、もはや自分が言うことは何もない。
時に支え、時に笑い合いながら共に行くだけ。

争いが憎しみが貧困が絶えずとも、生きようとする強さと温かさがあれば、
自分たちはそれを糧に前に進めるだろう。
フラットで教えられ、分け与えてもらったそれを、今度は自分たちが生かす番。

「……クラレット」

迷いのない、強い眼差しにハヤトは目を瞬かせる。
こんな答えが返ってくるなんて思っていなかったから。
自分なんかよりもっと強くなっている事を思い知ったから。

「…サンキュ」

彼女は自分の心裡などお見通しだろう。
何もかも理解した上で、共に来てくれる事に感謝しながらハヤトは微笑んだ。

 誓約者として、この世界で生きる一人の人間として、自分に何が出来るのか。

あの戦いよりも苦しい事が待ち受けているだろう。
それでも、彼女が一緒に居れば総て乗り越えていけるような気がした。

「いいえ。…それよりも、ハヤト」
「うん?」
「こんな無茶な旅をいきなり言い出したんです。少々文句を言われるのは承知の上、ですよね?」
「…えっ!?」

そりゃないだろ?と言いたげな顔で絶句したハヤトの背に頼りなく引っかかっている鞄に
視線を移して、クラレットはもう一度小さな溜息を吐く。
自分も決して旅慣れているとは言えない。
でも、彼はその知識すらも無いはずだから。
この鞄いっぱいに詰め込まれているものは、さぞかし頼りないものに違いないだろう。

食べ物や路銀が僅かに有るだけで、着替えは勿論、はぐれや野盗などの敵や風雨を凌ぐ物、
火を熾す道具なんかも一切持って来てはいないような気がしていた。
それでも街に戻りましょう、と言わない自分にクラレットは苦笑する。
この物騒な世界で、命にも関わる事なのに、なんとかなるのでは、というよく言えば前向き、
悪く言えば楽観的な考えを認めながら、クラレットはその先を考える。

きっと彼の事、行く方向さえも決めていないだろうから。

「…南に、行きませんか?」
「南?」

きょとん、と首を傾げる。

「北は寒くなるのが早いですし、街もあまり在りません。南に行き、海沿いに出た後で
東に向かって行きましょう」
「そっちの方には何が在るんだ?」
「初代エルゴの王、その子孫が統治するゼラムという巨大な都市が在るそうです」
「へえ。それは面白そうだな」
「…そんな事も知らずに、何処に行こうとしていたのですか?」
「あ、はははは…」

決まり悪そうに伸ばした手で頭を掻くハヤトに、やっぱり何も考えてなかったんですね、と
最初の文句を漏らした。

「取り敢えず、南に行きましょう。小さな町でも在れば、そこでもう一度装備の確認をしたいですし」
「はー…信用されてないな、俺…」
「行く先すら考えてなかった貴方に、反論する余地はありません」
「……参りました」

おどけながら、深々と頭を下げる。
同時に、彼女の思慮と共に来てくれる事にもう一度深く深く感謝して。

しっかりと繊手を取ると、そっと握り返してくれる手。
躊躇いなく南に進路を変えて、一歩を踏み出した。

「行こうか」
「はい」










望んでいました。
隣に在る事、共に行ける事。
光溢れる、蒼い空の下、貴方と二人。
どこまででも。 








私にしては珍しい、パートナーEDじゃないハヤクラ話。
パートナーと魔王ED以外はまだ見てないので色々捏造してますが、ご容赦を。

これはとある方とお話してて、その方の持論を聞いて、成程、と思いながら考えを纏めたものです。
私の中でも似た考えはあったんですが、確信が持てなかったんです。
以前書きかけて纏まらなかったこの話に、その方のお話を聴いて思ったことを色々書き加えてみました。

思考を奪われ、羽を折られ、光が差し込まない籠の中から。
光の下へ、ハヤトや仲間達の傍へ行く力を自分で望み育むクラレット嬢。
恐れながらも憬れて止まなかった世界を見た彼女の表情は、きっと素晴らしい事でしょう。
そしてハヤトも、自分の元に辿り着いた彼女と共に、新たな道へと歩いて行ければな、と思います。

この話は僭越ながら、この話を書き終えるきっかけを下さった
「...horizon」のみずあめ様へ。
勝手に捧げさせていただきます。
いつも本当に有り難うございます。


20050213UP



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