−ほら、見てください。とても、綺麗な空−









「ほら、どうですか、ご主人さま?」
「――――――っ!?」

薄暗い家の中に慣れてしまった目には、あまりに容赦のない光が降り注ぐ。

「れ、レシィっ?!」

自分を強引に引っ張り出してきた手がするり、と離れ、目の利かないトリスは、慌ててその姿を手探りで探す。

「こんなに好いお天気なんですから、ご主人さまもたまには外に出ないといけません。
お日様はとても身体にいいんですから」
「あ、あたしは。そんな気分じゃ…っ!」
「そう言って、また部屋に帰っちゃうんですか?ダメですよ、ご主人さまの部屋は今から僕がお掃除するんですから」
「………………」

何時ものやんわりとした言葉のうちに秘められた、強い意思。
そして、なにより自分を思いやる優しい気持ち。

「レシィ…」
「見てください、ご主人さま。この世界はこんなに広くて、優しくて、温かいんです。
僕たちはこんな素敵な世界に住んでいるんですよ?
ご主人さま、何時か言ってましたよね?何が在っても、それを乗り越えてこの世界で精一杯生きるんだって。
あの時はご主人さまは強い人だって、驚きましたけど、今は僕もそう思います」

少しずつ目が慣れてくる。
うっすらと開けた視界に、真っ直ぐに見つめている翡翠色が飛び込んできた。

「僕も強くなりたいです。だから、僕は守ってもらったこの世界で精一杯生きたいと思ったんです。
それに勿体無いじゃないですか。こんなにお日さまも空もいい日に部屋にこもってるなんて」」
「……あたしは…」

澄んだ眼差しに映る自分はなんと覇気が無いことだろう。
なんと濁った目をしているのだろう。

彼に言われなくとも、このままの状態が良いとは思ってはいない。
彼に、仲間たちにどれほどまでに心配を掛けているか、なんて自分が一番良く知っている。
だけれども。
自分の半身を無理やりに引き千切られたような痛みが、そんな簡単に癒えるわけが無い。
出来るはずが無い。





あの人の愛したこの世界総てが。





優しくて愛おしくて、温かくて。

靴裏に伝わる土と草の感触も。
頬を撫でる風も。
新緑の葉が奏でる音も。
優しく身体を温める陽の光も。

痛くて苦しくて、哀しい。






「…でも、あたしは…」
「僕じゃ、あまりお役には立てませんけど。でも、僕なりにご主人さまを守るんだ、って決めたんです。
だから、そうさせてください」
「……………」

戦いが嫌いで、おどおどとした態度が印象的だった臆病な護衛獣。

 この子は何時の間に、こんなにも強くなってたんだろう。

それに比べて自分は…

くらり。

世界が回った、と思う間もなく、その場に膝を付く。

「あっ!ご、ご主人さまっ!?」
「…大丈夫よ、レシィ」

泣き疲れて、臥せって、ようやく自力で起き上がれるようになって。
それでも部屋から出ようとしなかったこの身体は、こんな優しい光をも拒む。

 拒んでいるのは、あたしの方ね…

この世界総てがあの人そのもの。
そう思うだけで鮮烈にあの人を思い出しては、涙が溢れた。

「レシィの言ってる事、正しいって解ってるわ」

この世界総てがあの人そのもの。
だからこそ、自分は受け止めなくてはいけないのに。

身体を支えてもらい、手近の木陰に腰を下ろした。

「だから、今日は此処にいるわ…」
「ご主人さま…?」
「大丈夫。何処にも行かないから」

ただでさえ、細い身体の線はより細くなり、あの頃は見た事の無かった儚い笑みは不安にさせる。

「はい…」

自分で連れ出して来たと言うのに、不安になるなんて変な話ですね、とレシィは一人肩を竦める。
今の彼女は、一人であの大樹の下に行く事すら困難だろうに。

「じゃあ。僕、お掃除してきますね!そうだ、それが終ったらその伸びた髪も切りませんか?
そして、一緒に会いに行きましょう」
「…そうね」

微かに、でも確かに。
あの日以来初めて見る笑みに、レシィは心を弾ませて、無理はしてはいけませんよ、と念を押して
家の中に駆け込んでいく。





その後ろ姿を見送って。
温かな土と柔らかな草を撫でる。
背をもたれている樹からも脈動を感じる。
あの人までとは言わないけれど、肩まで伸びた髪が頬や首筋をくすぐる。

「こんなにすぐ近くに居てくれたのに、あたしは気づこうともしなかったのね…?」

さわさわ。

頭上で優しい声がした。
まるでくすくすと笑うような。

「あ、あははははは……」

木漏れ日の向こうに、青い青い空が見えた。
その空はじわり、と滲む。

ゆっくりと腕を掲げる。
だが、それは阻まれる。
距離以外の何かに。
懸命に伸ばした指先は、目に見えないそれを軽く掴んだ。










−雨ももちろん好きですよ?雨はあらゆる命を育みますから−
−でも、晴れた日に干した洗濯物とか、お布団とか。とってもいい香りがするじゃないですか−
−それに、貴女のお昼寝の可愛い顔も見れますし、ね♪−
−ほら、見てください。とても、綺麗な空−
−今日もお洗濯日和だと思いませんか−












「……ねぇ、とても綺麗だよ…」

ぽろり、と何かが頬を伝わる。
雲ひとつ無い鮮やかな鮮やかな。
こんな色を何というのだろう?

「あなたなんだから、当然だよね。でも、でもさ…」

阻まれた指の向こう。

「一緒に見たいよぉ…」

綺麗な空だ、と目を細めて見上げたあの顔を忘れていない。
こんなに、綺麗な空ならば。
絶対に、好い日ですね、と喜んでくれるだろうに。

小首を傾げて可愛らしく自分の名を呼ぶ、あの姿が見たい。
そうしたら抱きしめて放さないのに。



あの声が、あの微笑みが、あの温もりが欲しい―――















「……ズルイよね」

ひとしきり胸のつかえを拭って、ゆっくりと大きな息を吐いた。
自分が泣いていたと知ったら、レシィがまた心配するだろう。
目が赤いだろうから、きっと隠せないかもしれないけれど。
樹にもたれて、再び空を見上げた。

「あたしがこんなに悲しくても、届いてないわよね?届かないわよね?」

 届かない方が良いと解っているけれど。

大悪魔がもたらした絶望も、このまま身体ごと融けて消えてしまいそうな哀しみも。
この、あの人だけを想う愛おしさも。

あそこまでは届かない。
あの青色が輝く場所までは。

「幾ら調律者だとか、運命を律する者とか、馬鹿みたいに魔力が強かったって。
あたしは何も出来ない、ちっぽけな人間なのよね…」

悲しくて悲しくて泣く事しかできない。
そんなちっぽけな。
でも、だからこそ。
支え、支えて貰える誰かを求めるのかもしれない。

「みんなが気を使ってくれてるのは解ってるわ。このままじゃいけないって事くらいも。
でも、あたしには…」

阻まれる指先。
壊れそうな想い。
ただ、掠れる言葉だけが。
風に乗り、大樹の方へと舞った。





「あたしには、あなただけ」






指の間から零れる青と緑と白が。
淡紫の哀しみを誘った。


もう一筋だけ、頬を濡らして。





























−ほら、顔を上げてください、トリス。とてもとても綺麗な空ですよ−





































まずは見えにくいファイルでごめんなさい。
しかもなんだか悲しい話ですみません…
思うように書けることが出来る話って寂しいものが多いな、私orz。
でも少し寂しすぎたかも、もちょっと希望を乗せた話にしたかったのですが(実力不足か)

敢えて特に名前を出しませんでしたけど、アメトリEDだとわ、解っていただけます…よね?
しかしなんだか、あれですね。
彼女の姿が無いと、書いてても物足りないですね(苦笑)
それと、私の話で護衛獣ってあんまり出ないんですけど(笑)レシィ書き易かったです。
何だかんだ言いつつ、護衛獣4人の中でもかなり口数が多い所為でしょうか。
素直ですしね。可愛いコです。
ハサハも出したし、レシィも出したし、次はバルレルですね。勿論アメルさんと絡ませます〜(笑)

それにしてもこの話。
別にアメトリじゃなくても、(少し書き換えたら)ネストリでもマグアメでもなんでも合いますよね?
というか、何故アメトリの組み合わせになったんだろう??(書き易さ?思い入れ?)

タイトル及び、イメージ曲は大塚純子女史の「金網越しのブルースカイ」から。
ずいぶん昔に、夏の高校野球のイメージソングになったらしい歌です。
流石に古すぎる所為なのか、欲しいな、と思って検索かけてもヒットしません…
今でも欲しい、と切望する一曲ですが、CDで存在するのかどうかすらわかりません。
歌そのものは、こんなに悲しくありませんよ、念のため。
むしろ、青空に希望を乗せたくなるような。
今でも夏が来ると、この歌を思い出して空を見上げます。

「完璧な青空だね。あなたにも見せたくなる」…良い歌です。


20050613UP



op