SIDE 『calm』



足取り軽く、アメルは台所を出た。

今日は天気も好いから、溜まっていた洗濯物も全部乾くだろうし、なんと言っても今日の昼食の出来
は自信がある。
たくさん食べるマグナとトリスがお代わりしてもいいように、量も多めに作れたし、
悪食のネスティに美味しい、と言わせる事が出来るのではないか、と思うだけで、顔もほころぶ。
そう、最近は食べれれば問題ない、と考えているネスティに美味しい、と言わせる事が、
料理を作る楽しみでも有ったりする。
あとは派閥に出向いているマグナとトリスが帰る時間に合わせてパンを焼けば、それで完成。

その前にまだ少し時間が有るから、居間で本を読んでいるネスティにお茶はどうですか?と
聞きに言ったアメルの足が、居間の入り口で止まる。
丸くした目をぱちぱちと瞬かせ、頬に手を当てて首を傾げたアメルの顔が緩んだ。
そぉっと居間に入り、近づいてみても、ネスティが気づく気配も無い。

本を膝の上に置いて、ソファに持たれかかり眠っているネスティ。

そんなネスティをアメルは間近で覗き込む。
…が、ネスティは起きない。

真面目が服を着ているようで、兄妹弟子であるマグナとトリスには【カタブツメガネ】と零され、
いつでもどこでも気を張り詰めている彼が無防備に晒す寝顔。
彼風に言えば『だらしのない』、アメルからすれば初めて見る光景。

しばらくは、テーブル越しに正面からネスティを見つめていたアメルは横に回りこむ。
思い切ってネスティの横に座ってみると、ソファが沈み、彼の身体もそれに合わせて動くが、それでも
目を覚まさない。
いつもどこかで他人を寄せ付けない雰囲気を纏うネスティの側。
其処に無造作に入って行けるのは、トリスとマグナとお前さんぐらいだ、と言ったのは誰だっただろう。

そして今。もっと近くへと。

ひょい、と開きっぱなしの本を覘き込むが、古代語と魔法陣で埋め尽くされているそれはまだ自分には、
ほとんど読む事が出来なかった。
祖父アグラバインに簡単な読み書きは確かに習いはしたが、それは本当に基礎だったのだと痛感した
アメルは、ここで暮らし始めてから勉強を欠かさない。
それこそネスティにあとの二人に彼女を見習うんだな、と言わせたほど。
眉を顰めながら読めるところだけ読んではみたものの、それでは文章にならず、ネスティの大きな手が
邪魔をしていてそれどころではない。
諦めて、顔を上げる。

マグナやトリスと違い、デスクワークの多い彼の肌は白く、年齢以上の落ち着きを醸し出す横顔は
今はほんの少しだけ幼く見える。
長い睫毛を見ながら、あの二人の次くらいに彼の近くに来れたのではないか、と気づき、
アメルはことさら幸せそうに微笑んだ。



 あたしが貴方の隣へ行っても構わない、と思っていいですか?





なんとも形容し難い優しい流れを感じる。



その心地好さに、アメルは目を閉じ、少しだけその肩に凭れかかってみる。
ほんの束の間、ふたつの台風が帰ってくるまでの、ささやかな幸せ。



























                       SIDE 『lively』



「トリス!何やってんだよ。早く帰らないとアメルやネスに叱られるだろ?」
「むぅ、いいじゃない。ちょっとだけよ」
「…ま、いいけどさ。でもあんまり遅くなると、アメルの御飯、食べられなくなるぜ?」
「あ、それは嫌だけど…あんまり早く帰っても、ネスが宿題作って待ち受けてるし…」
「あ〜。あれは確かに嫌だよな」
「それに、最近マグナと一緒に遊んで無いじゃない?家と派閥の往復ばかりでさ」
「…そうだな」
「ね、マグナも上がってくれば?ここ、すっごく景色がいいんだから!」
「…わかった」

「そういや、昔はよくこうやって木に登って遊んでいたよな」
「何やってもマグナの方が先に上手くなって…あたし負けたくないな、っていつも思っていたのよ」
「ええ!?トリスだって、何でも出来たじゃないか」
「そりゃ、あたしなりに付いて行くための努力はしたもん。大変だったのよ?」
「えー?そんな事ないと思うけどなぁ」
「だって、マグナの方が背も高いし、力も強いし…腕だってほら、こんなに長さも違う」
「そりゃ、俺は男だし、お前は女だし。差がつくのは仕方ないだろ?」
「だから、あたしなりに頑張ったんだってば」
「…そう言えば、いつも俺の後、走ってついて来てたよな」
「…懐かしいわね」
「…そうだな」

「あんな事が有って、派閥に連れて来られて…あたし、どうなっちゃうのかな、って思っていたけど…」
「良かったよな。俺たちはついてた。いろんな事があったけど、俺たちは一緒に居られたし。それに…」
「うん。ラウル師範にネス、それにアメルにも会えた。ネスなんかも口喧しいけど、感謝しなくちゃいけな
いよね」
「そうだよなぁ。何だかんだ言いながら、俺たちの事ちゃんと見てくれるし。アメルは…ああ、腹減った
なぁ…」
「…あたしも。アメルの御飯、食べたいな」
「よし、それじゃあ帰るか!」
「うん!…って、ああっ!先に一人で降りちゃわないでよ」
「ほら、トリス。受け止めてやるから、飛び降りて来いよ!」
「いいの?あたし、本気で飛び降りちゃうからね!」
「まかしとけって!」
「それじゃあ…行くよっ!」

「ねえねえ、帰るまでに競争しない?」
「家まで走るのか?」
「むぅ、そんなことしたって、あたしが負けるの目に見えてるじゃない」
「じゃ、なんだ?」
「…んとね。あ、例えば、今日のアメルのお昼御飯は何、とか。デザートは何、とか」
「………ネスの宿題はどこから、とか?」
「ああっ!それは考えたく無いけど…当たった方には、明日パッフェルさんのとこのケーキ、おごる、
ってのはどう?」
「よし、のった!でも、あんまり遅くなっちゃまた怒られるから…ほら、来いよ」
「おんぶ!?」
「これで、俺がちょっと早めに歩けば問題ないだろ」
「むぅ〜。暗にあたしが歩くのが遅いって言われてる気が…まあ、いいか。乗っちゃえ」
「いいな、行くぞ」
「んじゃ、まずはアメルのお昼御飯当てから。あたしはね、サンドイッチみたいなのだと思うんだけど」
「俺は、御飯が中心だと思うぜ」
「あら、御飯はきっと夜よ。それに…」
「いや、俺はこう思うんだけどな…」
「でもね……」
「だけどさ……」








最初に思いついたのは、本を読みかけで寝てしまったネスティをアメルさんが見つける、というシーンでして。
それから、ネスアメで声の無い話にして、なおかつ穏やかな話にしたいな、と。
それならマグトリも一緒にしよう、此方は声ばかりの少々賑々しい奴を、と。
そんな思いから出来た小噺です。
(実際、そんな風に見えるかどうかはナゾですが)
 
ネスティとアメル、マグナとトリス。
それぞれが一緒に居れて嬉しい、という要素を盛り込んで(?)みました。
この四人はどういう組み合わせでも良いですね(しみじみ)

行数的にはマグトリの方が確かに多少多いですが、実際より随分長く感じるのは何故でしょう?


20040702UP


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