勿論、別れ、というものは楽しいものじゃない。

    悪魔メルギトスを封じ、仲間達の傷も癒えたトリスたち一行がサイジェントを離れる日。
   港では、ナツミたちフラットの面々と別れを惜しむ姿が有った。
   その中で、一人泣きじゃくるモナティ。
   自分はナツミの護衛獣だけど、同じくらいに慕ったトリスの護衛獣にもなりたかったのだ、
   と、それが叶わなくてゴメンなさい、と泣き続けるモナティに、トリスが優しく諭している。
    それを見かねたのか、どうか。
   トリスの横に立ったネスティが、不意に口を挟んだ。

   「心配する事は無い。今日から僕が…」
   「そうですよ。モナティさん。今日からあたしがトリスさ…トリスの護衛獣になりますから!!」
   「へ…?」
   「にゅ…?」
   「「えええぇぇぇぇーーーっ?!」」

    ネスティの更に後ろから割って入った声に、トリスとモナティは顔を見合し、絶句。
   それから声の主に視線を送り、再び顔を見合わせて…続く叫び声。

   「アメルっ?!」

   自分が言わんとしていた事を一字一句攫われ、驚くネスティにアメルは何時ものように優しく
   微笑む。
   其処には、出し抜いた悪意も他意も何も無い。
   在るのは、ただ偶然自分達が同じ答えに辿り着いた結果だけ。

   「いいですよね、トリス?あたしは元々サプレスの天使です。しかも【はぐれ】です。
    その資格は有りますよね?」

    ばさぁっ。

   そんな音が聞こえてきそうなほど、大きく美しい三対の光の翼を惜しげもなく広げたアメル。
   そのままトリスの正面に立ち、満面の笑みを浮かべる。
   思わず見惚れてしまう、天使の笑み。

   「それに、貴女って人は一人にしておくと、とても危なっかしいですから。
   だから、あたしが傍にいるんです。傍にいて、貴女を守る。
   今までずっと、あたし貴女に守られていたから…それくらいはさせてくださいね?」
   「……あ、ああ…う、うん…?」

   よく飲み込めていない表情で、差し出された手を殆ど無意識に取ったトリスを見、
   モナティは胸の前で手を合わせた。

   「それなら、モナティも安心ですのぉ!」
   「あ〜、なぁる」

   目の前のやりとりに、感嘆混じりにナツミが呟く。
   それは、驚いて同じ光景を見ている傍らのクラレットには届いては居ない。

   「へぇ、やるねぇ。アメル」
   「あ、でもそれはいいかもね」
   「トリスの護衛獣なら、ユエルもなりたいっ!」
   「でも、トリスの護衛獣なんて、ぜっっったい!苦労するわよ」
   「…うん、そう思う…」

   まさに好き勝手、言いたい放題。
   そんな仲間たちの賛否両論飛び交う中で、トリスはぼんやりと考えていた。

   (アメルがあたしの護衛獣…?モナティがなれないから、アメルがなってくれる、って…
   でも、なんで?
   え、とだから、モナティがあたしの護衛獣になれないから、だっけ?
   あ、でも…え、っと???)

   ぐるぐると回る思考では上手く纏まらない。
   が、その単純で楽観的で前向きで、何事にも拘らない考え方は、
   すぐに簡潔な答えを示した。
    即ち。

   (ま、いっか。なんとかなるよね)

    少なくとも、ネスがなるよりは、怒られずにすみそうだし。

   そう思って一瞬固まる。

   (しまった。アメルってば、たまにネスよりずっと厳しいんだっけ)

   例えば、戦いが終わった日の夜。
   あの日の会話。
   彼女の言葉の総てが、自分を思いやってくれてる上でのものだと、
   解ってはいるのだけれども。

   「………いっか。それで一緒に居られるんなら」

    そんな事でずっと一緒に居られるのなら。
    あの時みたいに、失わずにすむのなら。
    此方から、願いたい。

   小さく零れた呟きは、喧騒の中に掻き消えた。

   「アメル!君は正気なのか?!」

   先を越され、今まで言葉を失っていたネスティは、アメルの肩を掴んで向き直させ、
   問い質す。

   「こいつの護衛獣など、並の神経では勤まらない。君にその覚悟が有るのか?」
   「………ネス。それって、何気に失礼じゃない…?」

   むぅ、と頬を膨らませ、精一杯の非難を込めるトリスには目もくれず、ひたり、と見つめてくる
   ネスティに、アメルは大きく頷いて応える。

   「勿論です。大変なのはわかっています」
   「む〜、アメルまで…」

   事実だけに言われても仕方のない事かもしれないが、納得いかない、と思ってしまうのは
   何故だろう?

   そんなトリスを一瞥し、ネスティは諦め加減に頭を振る。
   眼鏡を押し上げ、あからさまな溜息をひとつ。
   そして、断定する。

   「…まったく。君は…いや、君たちは揃いも揃って本当にバカだな!」

   辛辣な一言に、トリスは無言でむくれ、アメルはただ微笑んだ。

   「じゃあ、トリス」

   アメルはほんの少し右足を下げ、スカートの両横を持ち上げるようにして広げると、
   ぺこり、とお辞儀をする。

   「それでは、これから宜しくお願いしますね、ご主人さま?」







   「……そっかぁ。そんな面白いものが有るなんて知らなかったなぁ」

   トリスたちを見送っての帰り道。
   南スラムへと抜ける道を歩きながら、呟いたナツミに、クラレットは首を傾げた。

   「……ナツミ?」
   「うん、決めた!」

   そう言って立ち止まったナツミは、それはもう愉快そうに唇を持ち上げて。

   「ねえねえ、クラレット?」
   「はい、何でしょう?」

   つられて立ち止まったクラレットの手をしっかりと取って。

   「あたしはキミが召喚してくれたんだよね?」
   「…………は、はぁ。結果的にはそうなりますね」

    予感。
   それも少し嫌な感覚が背中を駆け抜けて行って、クラレットは眉を顰める。
   彼女が自分を「キミ」呼ばわりする時は、大抵何かしら良からぬ事を考えている事が
   多かった。
   ひとつの季節と半分。
   その殆どの時間を彼女と共に過ごしてきたクラレットならではの、勘。

   「キミがあたしを呼んで、あたしはキミに呼ばれた。
   なら、あたしはキミの護衛獣、って事になるよね?」
   「……………ぇ…っ?!」

   先程のトリスたちの会話を聞いていれば、想像出来ない事ではない。
   むしろ、想定しておくべきだった。
   一瞬、何もかもが真っ白になって。
   我に返ったクラレットは慌てて言葉を紡いだ。

   「な…っ。なにを仰るんですか!?ナツミ。冗談にも程が…!」
   「冗談なんか言ってないよ。至極マジメなんだけど?あたし」

   真摯な声。
   鋭ささえ見え隠れするオトコマエな顔つきに、クラレットは一瞬戸惑う。
   だが、すぐに反撃へと転じた。

   「いいですか?ナツミ。貴女は誓約者。そして私は護界召喚師。
   私の役目は貴女と共に、この世界を、そして貴女を護る事です。
   誓約者である貴女を護衛獣に、なんてそんな事が出来るわけがありません」
   「あたしは全然気にしないけど?」
   「私はするんですっ!」
   「いいじゃん。別にぃ」

   真顔から零れる屈託ない笑み。

   「だいたい、こんな面白いシステムが有ったのを教えてくれなかったのはクラレットだし?
   それに、キミには護衛獣が居ないみたいだから、何も変じゃないでしょ?」
   「…面白…っ?」

   思わず鼻白む。
   召喚師たちの画期的なシステムを『面白い』の一言で片付けてしまうのは、
   彼女だけだろう。

   「じゃあ、キミはあたしを呼んでおいて、あたしを【はぐれ】にするつもりなんだ?
   モナティみたいに、誰かに二重誓約されたって知らないぞ?」
   「…今の貴女を呼び出せる力を持つ者など…」
   「言い切れる?」
   「……っ」

   何時もなら問答で言い負かされる事など無いのに。
   次から次へ畳み掛けられ、今度こそクラレットは唇を噛む。
   誓約者たるナツミを呼び出せる者など、この世界に存在しない筈。
   だけど、確固たる確証も無い事も確か。

   「…あたしはアメルの気持ち、良く解るから」

   押し黙ってしまったクラレットに、今度は息をする事さえ忘れてしまいそうな優しい笑みを
   纏ったナツミが握ったままの手にほんの少しだけ力を込めて。

   「傍に居たいだけなんだ。あたしもアメルも。
   トリスは気付いたのに、キミは言うまで気付いてくれないんだね」
   「…では、別に護衛獣、などという形を取らなくとも…」

   困惑するクラレットの手を引き、引き寄せると、耳元に唇を寄せて囁く。

   「もっと近くに居たいんだってば」

   甘やかな声色に、首まで赤く染め、クラレットは後ずさろうとする。

   「だ…ダメですっ!」

   声に、想いに挫けそうになる自分をかじろうて支え、クラレットは必死に首を横に振った。

   「貴女を護衛獣になんてしません」
   「ちぇっ。ケチ」
   「そういうものでもないでしょう?!」

   諦めるどころか、むしろ楽しさを滲ませるナツミに、クラレットは自分が既に敗北している
   事にようやく気付く。
   しかもそれは、ナツミの第一声の時点で決着がついていた事にも。

   「でも、あたしは絶対に認めさせて見せるから」

   勝利宣言ともいえる、自信に満ちた声が高らかに響く。
   クラレットはこれから始まる毎日に、眩暈を感じずにはいられなかった。
   既に勝負が決しているこの戦いに、何処まで抗う事が出来るのか。

   握った手をそっと放して、ナツミは一歩下がる。
   右手を直角に胸に添え、左手は僅かに腰の後ろに回す。
   恭しく深く頭を垂れて、ナツミは会心の笑みを放つ。

   「それじゃ、これから宜しくね、ご主人さま?」





   
聖王都ゼラムで。
   紡績都市サイジェントで。
   二組の夢の護衛獣ライフが始まる。








    
ついに始まりました?ナツクラ&アメトリの護衛獣話。
    ああ、ハヤトとマグナとネスティとキールの立場って…(合掌)
    勿論、彼らとの護衛獣話も有るんですけど、どうにもこの組み合わせが可愛くて。
    (彼ら、との護衛獣話はまた書きたいものです。その時はビミョーな(苦)違いを探して下さい)
    これからどんな話が出てくるのか、楽しみであり、不安でもありますが(笑)さらり、と読み流して
    貰えれば光栄です。

    護衛獣話のBGMとしては。
    どんな組み合わせでも「LOVE GOES」と「なんとかなるよ」で。
    後者は某漫画がアニメ化(OVA化)した時のEDでした。
    すんごい気に入ってアルバム探したんですが、入ってなくてめちゃショックでした…
    両方とも「行け行けゴーゴー」みたいなノリと、「君が何より大好きなんだ。だから君の傍に居るんだよ」
    という護衛獣から ご主人さま(笑)への想いが溢れてると思いますので。



    20040222UP


    op