「これとこれと、これと…よしっ、リプレに言われていた買い物は終ったな」
「ええ大丈夫です」

いくつもの袋を覘く二人の吐息は、まだ昼過ぎだというのに真白い。

「じゃあ、帰るか?」
「…そうですね、そうしましょう」

さりげなく先にふたつの袋を提げたハヤトを見て、クラレットは何も言わずあとのふたつの袋を両手に下げる。

 …本当に。

思ったとおり、自分が持ったものは、随分と軽い。
当たり前だろ?とも言わないその優しさは、心地好く、心の中までもが温まる気がする。
その後でいつも感じる申し訳なさは、いつもどおりまたなにかの形で彼に返せばいい、と納得して。

商店街から抜けると人波がなくなったせいか、時折冷たい風が二人にぶつかった。
だが、二人は足早になることも無く、ゆったりと歩く。
クラレットの、ペースで。

「それにしても今日は本当に寒いな」
「そうですね」

くちびるから零れる真白の吐息は、細く棚引き曇る空へと消えていく。

「今夜あたりから雪になるかもしれないな」
「…ふふっ」
「…?どうしたんだ、クラレット」

両手が塞がっているため、肩を竦めるように、でも朗らかな笑みを浮かべた彼女の横顔をハヤトはきょとんとした顔で見つめ返した。

「…いえ」

言葉では、なんでもないように首まで振って見せるが、口元に残されたそれは消えることはない。
目をぱちぱちとさせたまま、黙って自分を見つめているハヤトに、クラレットは観念したように言った。

「………雪が降って、積もったら…」
「積もったら?」
「貴方はきっと子供たちと遊ぶのでしょうね、と思ったら…その光景がすごくはっきり見えてしまって」
「そ、そうか…?」
「貴方が…」

 そんなにも愉しそうにおっしゃるから。

そう言って笑う彼女には、よっぽど子供たちと同レベルで遊んでいる姿が見えたのだろうか。
彼女の笑みに、ハヤトは重い荷物を高く掲げて頭を掻く。
歳の変わらない彼女に子供扱いされるのはなんだか納得できないが、実際彼女の言ったとおりになりそうな気がして。
ハヤトは苦笑を返すしかない。

「雪かぁ…」

ぴぃんと張り詰める空気の冷たさも、何故だろうか、あまり気にならない。
確かに頬をなでる風は痛くて、重みが食い込んでくる手はかじかむのに。

「俺の住んでいたところはさ、あまり雪が降らないところだったし…そのせいかな。雪が降ると大騒ぎになってさ」
「大騒ぎ、ですか?」
「雪が降ること自体慣れてないせいだろうな。積もった朝とか、地面が凍った朝なんかはコケる奴がたくさんいたなぁ」

 俺も自転車でやったけど。

雪が降るたび大々的にテレビで放映された光景を、ふと思い出す。
なにげない笑い話。
それを懐かしくは思っても、今此処に在ることを後悔はしていない。
だから、ハヤトは悪戯っぽく笑って言った。

「俺たちも気をつけなきゃな」
「…はい」





さくさく。

スラムに近づくほどに落ち葉が増える。
掃除が行き届いてないことと、ガレフの森が近いせいで、本来の地面の色が見えないほどに落ち葉が積もった道を歩く。
フラットまではもう少し。

何気なく荷物を持ち直したハヤトは、傍らのクラレットの手が自分なんかよりもずっと赤いことに気づく。
元々血行が悪いのか、いつも冷たい彼女の指先は食い込んだ荷物で真っ赤になっていた。

「………」

ほんの少しの間、何かを考えていたハヤトは、両手に持っていた荷物をひとつにまとめ、

「ん」

空いた右手をクラレットの前に差し出す。

「え?」

意図が掴めず、ただその手を見返して立ち止まった彼女に、ハヤトは続ける。

「左手を出して」
「こ、こう、ですか…?」

おずおずと差し出された手から買い物袋を取り上げて、自分の腕に通す。
その早業に目を奪われ、宙に浮いたままの彼女の手をそっと取った。
冷たくて、小さな手。

「冷たいな。クラレットの手」
「…あ……」

さっと引こうとして、やんわりとした力に止められる。

「悪いって言ってるんじゃないって。冷たそうだから、さ。こうしたら良いかなって」

掴んだ手を自分の手ごと上着の右ポケットに突っ込む。

「片方だけど…少しはマシだろ?」

ポケットの中でまだ繋がれた手。

「あ、あの…あの…………は、はい…」

驚きと恥ずかしさでほんのりと頬を染めて、クラレットは小さく頷く。
同じように冷えてはいたけど、包む大きな手は確かな熱を与えてくれるし、やっぱり冷たかったポケットの中も二人分の熱ですぐに温かくなった。
気のせいだと解っていても、反対側の手まで温かくなる。

「あ…あの…」
「うん?」
「あ、ありがとうございます」
「そこ、お礼言うところじゃないと思うんだけど…」

 こちらこそ。

その言葉の意味が解らず再びきょとんとしたクラレットに、ハヤトはただ優しく微笑みを返す。

「さあ、帰ろうぜ。身体まで冷えちまう。帰って暖炉に当たって、それから…」
「リプレさんのお手伝いですね?」
「そうだな」

ポケットの中で繋がれた手。
半歩縮まった距離。
寄り添うように、フラットへの短い道を歩く。

どんなに荷物が重くて、風が冷たくて、指先が凍えても。
二人の口元に浮かんだままのそれは、決して消えることはなかった。














迂闊にも。
そのままで帰ってしまったために。
玄関で迎えていたフィズとモナティにからかわれてしまったのは、また別の話。









最初はもっともっともっと短い話でした。
ハヤトが冷たいクラレットさんの手を取って温めるだけの。
そしてハヤトサイド、クラレットさんサイドから成るちっちゃなちっちゃな話。

が、一応ミニミニミニ話(笑)からミニ話くらいまでレベルアップしたっぽいのでこちらに置くことにしました。
これ、同様にマグアメ、ネスアメ、ナツクラ、アメトリの全部で5パターン考えていたのですが…
最初のこの話がミニミニミニを脱出してしまったのでどうしよっかなーと考え中です。

久々にほんやりとした話が書けて楽しかったです。
やっぱり(ウチの)ハヤクラはこうでなくっちゃ!(笑)


20051206UP


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