既に日も変わり、生きとし生けるもの総てが眠りへと誘われる時間。

屋根の上に、月を見上げる影、ひとつ。

しん、と静まり返った世界の中に、自分だけが生きているようで。
だが、そうでは無い事を今の自分は誰よりも知っている。

 どうしてこんなにも。

昼は夏の香りを運んでくる、まだ冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んで。

 月とは、見る者の心次第で変わるのでしょうか。

あの薄暗い森の中、冷たい部屋の中から窓ガラス越しに見上げた月は、冷たい冷たい銀の雫を零していたのに。
今は、こんなにも優しくて暖かな光を放つ。

世界が。月が。人が。そして、自分が。
こんなにも温かいものだと知らなかった。

 あの人に、逢うまでは。

胸の前で重ねた両手。
右手で覆っていた左手をそっと離して、視線は月から掌へと移る。
…薬指にはめられた、それ。
たった数時間前に指と心を彩った物。

そして、その手を頬に押し当てた。

溢れ出す。
温かくて、優しくて、ほんの少しだけ痛くて。
堰を切ったように、心から喉から迸る想いの丈が。
それが「幸せ」なのだ、と初めて気付いて。

思い出す。
自分の居た世界には、こんな慣習が有るのだ、と初めて見る赤い顔で、満足そうに笑って。
涙が止まらない自分に少しだけ困った顔をしながらハンカチを差し出し、優しく頭を撫でて。
これが「幸せ」なのだ、と初めて気付かされて。

掠れない。むしろ鮮やかになるばかりで。
落ち着かない。むしろ心は熱くなるばかりで。

愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて。

この世界の何もかもを包めて仕舞うほどの想いが此処に在る。
あの人が探し出し、見つけ出し、分け与えてくれたものが。

 今の私は、どのような顔をしているのでしょう…?

きっと人には見せられない、恥ずかしいほどに赤い顔で笑っているのでしょう、と思う自分の考え以上に、
穏やかで温かな、ただ一人の人のだけの、笑み。



 ―――――はい…



あの人の言葉と想いと笑顔と共に受け取った銀の色した誓い。

温かな月光に手を伸ばし、透かして見れば。
金にも見える小さな光。

愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて。

この想いも笑顔も温かさも与えてくれたあの人と共に。

 …何処までも。歩いて行きます。

煌く光に永久の誓いを。
想いの丈を込めてそっと、くちづけを。








某所で行なわれたクラレットさんの生誕祭に投稿したものでした。
すごく苦しんで書いた覚えが有ります。
クラレットさんの一人称形式をあまり書いた事が無いのも勿論ですが、私はこういう感情をやはり解ってはいないのだな、と強く感じた一品でした。

この話を書いた後に、某H様に私の見せ方は珍しい、と言われた事を今でもよく覚えています。
(自分が思い描いている誓約者さん以外の誓約者さんに置き換えて読んでもOKと言う仕組みの事らしいです)
そう言えば、あまりお見かけしませんね。
そういう書き方をしてる書き手さんって。

それでなくては『姫と誓約者』では有りませんし、なにより姫が大事にしている誓約者さんたちは私にとっても大切ですしね。
なんと言っても。
こんな未熟な話で、みなさんが大切に思ってる誓約者さんに置き換えて読んで頂けたのなら。
それは、とても光栄な事なのです。


20040911→20050208UP



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