ぎゅっ、と握り拳をふたつ作る。
掌側を上にして腰に添えて。
脇を締め、胸を張って、左足を半歩前に出す。
重心は右足に。

「準備はいいかい?」

その言葉に大きく頷く。









「いいぃやああああぁぁっっ!!」

勇ましい掛け声が道場に響き渡る。

「はああっ、せいぃっ、たああぁーーーっ!」

息つく間も無く出て来る的を薙ぎ倒す。
より速くより正確に、より強く。

「なかなかやるね。それじゃ、これはどうだい!?」

かたん、と的が出る音がした右方向に、反射的に右手を真横に振り出す。

「!!」

拳の先に有る物を見て、一瞬目が大きく見開かれる。

「……〜っ!!」

強引に右足を内側に捻り、生まれたその力で左足を上げる。
強烈な左回し蹴りは、出てきた後方の的を圧し折り。
右の裏拳はすんでのところで止まっていた。

「……はぁっ」

全ての的を打ち倒して、大きな呼気と共に、がっくりと肩から力が抜けた。

「うん、なかなかやるじゃないか。トリス」
「……モーリン〜…」
「なんだい。その情けない声は」

合格点をやれるだけの点数を叩き出したというのに、晴れない顔をするトリスの頭をくしゃくしゃと撫で付ける。

「だって、さ…」

最前線に立つには、華奢な身体。
力だって、女としてはそこそこだが、モーリンからすれば突出して強いとは言いがたい。
召喚術よりも、短剣を駆使して、何時だって先頭に立つトリス。

そのトリスが、先程自分の手で吹き飛ばしそうになった、殴ってはいけない的…ライザーを使うとネスティに
こってり叱られる羽目になるので、他の物を代用している…であるプニムのぬいぐるみを抱きかかえた。
ぬいぐるみをぎゅっ、と抱きかかえているトリスは、彼女の兄弟子やフリーク連中に見せられないほど可愛い。

日頃こういう姿をお目にかけないから、尚更。

「こんな物まで持ち出しちゃうんだもん」

ぷぅ、と膨れるトリスに、モーリンはごめんよ、と悪気の無い笑顔で答える。

「それだったら、あんたも間違って攻撃はしないだろ?」
「…そりゃそうかもしれないけどさ…」

何やら不満げにぬいぐるみを抱えて、もそもそ呟くトリス。
このぬいぐるみは彼女にとって、宝物のひとつ。
先日、アメルと行ったファナンの祭りで、くじで髪留めを当てたトリスと、ぬいぐるみを当てたアメル。
当たった物を交換し合ったのだと、楽しそうに話すトリスに、兄弟子とフリーク連中が渋面したのは当然の事。
その宝物を勝手に持ち出されては、面白くもないと言うものだろう。

「ゴメンってば。でもさ、一応アメルには許可を貰ったんだよ?」

普段では見られない、泣き落としに近いトリスの無言の攻撃に、降参のポーズをしたまま、モーリンがちらり、と
後ろを振り返った先には、ちょこん、と正座をしたまま稽古を見学していたアメルの姿。

「アメル!?」

にこにこと笑いながら、自分たちのやり取りを見ているアメルの前にダッシュで詰め寄り、それホント?と尋ねると、
迷いもせず、アメルは頷いた。

「ええ、そうですよ?」
「なっ、なんでそんな事…!」
「トリスさんなら、絶対大丈夫だと分かってましたから」
「あ…あたしは完璧じゃないんだよ?」
「はい。でも大丈夫でしたよね?」
「……そういう事じゃ…」
「…知っていますか?トリスさん」

淡紫の瞳を受け止めて、一度閉ざされた榛の瞳が柔らかに笑んだ。

「あたしが、貴女の事で出来る事を」
「???」
「貴女を信じる事です。今までも、これからも。ずっと、変わらずに」

 あううぅぅ〜。

途端に耳まで真っ赤になり、喉の奥から低く小さなくぐもった声が漏れる。
悲鳴、というよりは、呻き声。
出ない『ぐぅの音』を無理矢理に吐き出したような苦渋の呻き。

 こんな近くで、こんな顔で、こんな事言われたら、誰だって何も言えないよね?
 リューグだって、ロッカだって、きっとネスだって!
 誰だって、アメルには勝てっこないよね、ね!?

その中に自分以外の女性の名が無い事に気付かないまま、言い訳がましい事を思いつつ、自分の説得を試みて。

「…………うん、ありがと」

信じられる、という期待は確かに重圧では有るけど、そう言って貰える事は嬉しい事だし、なによりもっと頑張ろう、と
いう気になれる。
大切な人に言ってもらえるのなら、なおさら。
淡紫の瞳に宿る強い光を認め、アメルは、とろり、と笑う。
それは至上の笑み。
仲睦まじい二人のやり取りを、輪の外から見ていたモーリンは、やれやれと肩を落とした。

「ほんっとにあんたらは仲がいいねぇ。妬けちまうよ」
「そっかな?」
「ありがとうございます」
「…………う、ん。ああ」

ちょっとからかって言ったつもりだったのに、体よくかわされたのか、それとも気付かなかったのか、あっさりとした答えに逆にモーリンが言葉に詰まる。
きっと後者なんだろうねぇ、としみじみ思いつつ、続きを口にした。

「ところで、アメル。あんたさ」
「はい?」
「これだけトリスの稽古を見てるんだ。あんたも覚えたんじゃないのかい?」

モーリンに拳法を教えてもらって以降、戦いの役に立つんじゃないかな、と言うトリスの修練は毎日欠かす事が無い。
特にファナンに滞在している間は、より厳しく、より濃い練習内容になっているが、それでも彼女のやる気が失われる事も無い。

元々、派閥の授業を抜け出しては、自称『外で戦闘訓練』を行っていたトリスには勉強よりも向いていた様で、
ますますのめり込む始末。
召喚師のくせに拳法だなんて!と明らかな不満を漏らしていたネスティも、最近は諦めたのか、何も言う事は無くなったが、
それでも稽古をするトリスを見る目は微妙に冷たい。
対してアメルといえば、家事一般を終えた後の全ての余暇を、この道場で過ごしている。
それも、じっとトリスの稽古を真剣に見学しているものだから、モーリンがこう言い出すのも無理は無いのかもしれない。
そしてその証拠に、返って来たのは肯定の言葉。

「そう…ですね。『型』というのは覚えたと思うんですけど…」
「すっごいじゃない!アメル!」
「へえ…じゃ、試しにやってみな?」

きらきらと瞳を輝かせるトリスに、見てて下さいね、と囁いて、アメルは道場の真ん中に立った。
基本の構えは先程のトリスと同じ。
そして始まる。
前は短く、後ろは長い変わった形のスカートが空気を張らんで、ふわり、と舞い上がる。
栗色の髪は身体の動きに合わせ、生きているように靡く。
高く上がったすらりと長い足が空を切り。
硬く握られた小さな拳が突き出される。
速く、直線的で鋭いトリスとは違い、舞っているかのような錯覚さえ覚える、まさに『演舞』。

「すっっごぉぉいぃ!!」

一通り実演し終わり、ふう、と息を吐いたアメルに、トリスは惜しみない拍手を送った。

「凄いじゃない、アメル!完璧だったよ」
「本当だね。スピードとかはまだまだだけど、かなりいいデキだったよ」
「…そうですか?有難うございます」

まだ早い息をしながら、小さく舌を出し照れくさそうに笑う。
先程までの真剣な顔とは、全く別人のような幼い笑顔。

「それにしたって…」

元の場所に座ったアメルと、彼女の肩にタオルを掛けるトリスを交互に見つめ、それから腰を屈めてじいっ、とアメルを見下ろす。

「ほんっと、あんたってばトリスばっか見てるんだねぇ」
「へ?何の事?」
「気付かなかったのかい?」

つい、と伸ばした人差し指でトリスの鼻の頭を軽く叩いて。

「あんたの動きにそっくりじゃないか。
拳を出す時、ちょっと外側に捻ってみたり、まだ右肩に力が入っているところとか、足の上げ方や角度…
癖なんかもひっくるめて同じって事さ」
「ええっ!?」

 そう…だったけ?

癖は自分で分からないからこそ、癖というもの。
さっきのモーリンの言葉の中には、確かに何度か注意を受けたものも有った。
だけど…まさか、アメルがその悪い癖までも含めて、自分の動きを完全再現している、なんて思うはずない。

「覚えるんなら、あたいのを見本にしときゃ、まだ癖は少なかったのにさ。
ま、それがあんたらしいけど」

 …………やってらんないねぇ、微笑ましいとは思うケドさ。

がりがりと頭を乱暴に掻く。
アメルにとって、トリスは特別な存在。
トリス自身にはそんな自覚は全く無いが、そんな事くらいは見ていたら分かる。
気付いていないのは、彼女だけだろう。
考え方も価値観も、想いすら。
全てに影響を与え、或いは真逆の方角すら見る事の大切さを示したトリスの存在は、絶対的だと言っても過言ではない。

「……これじゃ、ネスティが心穏やかになれないのも分かる気がするね」
「……え?何か言った?モーリン」
「え…あ、いや。なんでもないさ。それより」

トリスの鼻の頭を叩いた人差し指が今度は、ぴっ、とアメルの目の前に降って来る。

「どうだい。あんたも此処で一緒に修行をしてみるってのはさ。
もちろん、あんたさえ良ければ、の話だけどね」
「「え!?」」

トリスとアメル。
二人から漏れた、まったくおなじ言葉は全く別々の表情を作っていた。

「本当ですか?あたしも一緒にお稽古しちゃっても、構わないんですか?」

ぱん、と手を打って天使の微笑みを零すアメル。

「な、なに言ってるのよ。アメルにそんな事、させられるわけないでしょ!?」

立ち上がりモーリンに掴みかかりそうな勢いの、明らかに青ざめたトリス。

「おや。トリスは不服みたいだね」
「そりゃ、そうよ。モーリンだって解ってるじゃない!前線(まえ)がどんなに危険か。
そんな事、アメルにさせられないわよ!!」
「……トリス、さん…」
「………どうすんだい、アメル?」
「あたしは…っ、絶対にはんた……」
「トリスさんっ!」

荒ぐトリスの声を抑えたのは、それ以上に大きく、強い意志を持ったアメルの声。
聴きなれないそれに、思わず呆気に取られたトリスの両手を取って、真っ直ぐに見つめる。

「…ありがとうございます、トリスさん。あたしの事、心配してくれているんですよね?
でも…それはあたしも同じなんですよ?」

 知っていて、くれていますか?

「……アメル?」

きゅ、と力を込められた手が冷えていく。
僅かに震えた肩、強張った顔。

「…あたしやネスティさん、ケイナさんたちが、どんな思いで…貴女やモーリンさん、フォルテさんやリューグたちの
背中を見ているか…」
「………………」
「怖いんです。みなさんが強いと解っていても、怖いんです」
「…アメル」
「…それに」

ひとつ呼吸を置いて、アメルは笑みを取り戻す。

「あたしだって強くなりたいんです。狙われているから、危ないから、なんて関係ない。
貴女の…トリスさんの横に居て、あたしもみなさんを、トリスさんを守れるように強くなりたいんです」

 貴女の横で貴女と共に戦えることが、あたしの目標なんですから。

「………アメル…」

強い強い決意の色。
良く似たものを見た事が有ったっけ…そんな事をトリスはぼんやり思い出す。

 何処だったっけ…すごく身近だった気がするけど、思い出せないや。

「…どうだい?トリス。これでもまだあんたは反対するのかい?」

力なくふるふると首を横に振って、トリスは大きなため息を吐いた。

「…したい…けど。あたしには止められそうにもないよ」
「それじゃ…!」
「あたしももっと強くなるから。アメルとの約束は絶対に破らない。
アメルはあたしが守るんだから!」
「よっしゃ!その意気だよ、トリス!」

わしゃわしゃっ、と乱暴にトリスとアメルの頭を撫でて笑うモーリンの顔は、晴れた日の空のように輝いていた。

「それじゃ、今日からは一緒に頑張ろうね。一緒に強くなろうよ、アメル」
「はい!トリスさんもモーリンさんも、どうぞ宜しくお願いします」
「えへへ。なんだかすっごく嬉しくて…くすぐったいな。アメルと一緒に稽古できるなんて思わなかったから…
びっくりして、嬉しいよ」
「…あたしも、です」

アメルやフリーク連中が見惚れて止まない笑顔で、そう言って、よろしくね、と差し出した手をしっかりとアメルは握り返した。

「そうと決まれば、アメルの道着も用意しないといけないね。さ、アメルついて来な」
「はいっ!」









その日から。
オレンジ色の道着を着たトリスと、青色の道着を着たアメルが仲睦まじく道場へ向かう姿が度々目撃されることになり。
フリーク連中…特に兄弟子は、君もか、と嘆き、アメルの兄弟たちは、んな事するな、と声を荒げていたらしいが、
彼女たちには届くはずも無く。
前にもまして二人の仲の良さを見せ付けられる羽目になっただけらしい。




そして。
アメルの惜しみない努力は、「傀儡戦争」、その後で花開くことになる。








このネタは「3」発売後。
やはり「番外編」が存在し、そこに「2」キャラが出てくると知った時に浮かんだものだったと思います。
未だに「3」未プレイですし、攻略本も貸し出し中ではっきり覚えていないのですが。
番外編におけるアメルさんのスキルがやたらと「物理攻撃系が覚えそうなそれ」と聞いた時でした。
召喚師っぽくないスキルなんだそうですね(苦笑)

話数的にはまだ「トリスさん」と言っているので13〜15話までの話でしょうか。
「トリスさん」と呼ぶアメルさんもかなり好きなんですけど(をい)
でも実際アメルさんも努力の人だと思ってるので、こういうのもアリかな、と思っています。
そしてどうせ、一緒に稽古をするのなら、マグナではなく、トリスとの方が楽しそうということで、
この話と相成りました。
(途中まで、マグナも居たんです。無意識で書いてたみたいで)
…そう言えば。誓約者ルート仕様ではない(ナツクラの居ない)アメトリは初めて、ですね。

「Are you Summoner?」の続編っぽい話ではありますが、楽しんで頂けたら幸いです。


20040613UP



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