「それにしても、向こうの世界には面白い風習が有るのね」 忙しく料理を作る手を止めて、リプレは広間を振り返る。 「けっ!道楽みてぇなお遊びだろうがよ」 手伝いを強制され、不満のガゼルはここぞとばかり悪態を吐きまくる。 「もう、ガゼルったら!良いじゃない。私はこういうの好きよ」 「…へえへえ」 好きよ、と言ったリプレの言葉は本心だろう。 大所帯のフラット。 その家事一切を取り仕切る重要な役悪を果たすリプレが、 びっくりするほど大胆に広間をその一色に染め上げてしまったのだから。 こいつも、ついにあいつの色に染められちまったか、とガゼルは呟き、 『クリスマス』という色に染められた広間を見渡した。 決して豪奢だとは言えないが、それでも今まで一番着飾り、 力が入った飾り付けになっている。 赤と緑と白の…ガゼルからすれば、鬱陶しいくらいの鮮やかな飾り付けの中で、 酒を酌み交わすエドス、レイド、ラムダたち。 リプレの手伝いに余念がない、スウォンやセシルたち。 そして、先程『サンタ』から貰ったプレゼントを紐解いて歓声を上げる 子供達とモナティやエルカ、アカネたち。 以前に比べれば随分とフラットの台所事情も良くなったが、 それでも今日のこの贅沢で結構な目減りだろう。 この埋め合わせはこんな事をリプレたちに教えやがったあいつに押し付けてやる、 とガゼルは一人心の中で誓いつつ、怒らせると怖い彼女に聴こえぬよう、舌打ちをした。 「ただいま、帰りました」 勝手口から寒気と柔らかい声と共に、顔を覗かせる少女。 「あら、お帰りなさい。ご苦労様、クラレット…って、びしょ濡れじゃない?」 「…途中で雪が降ってきまして…」 追加の食材がたくさん入った紙袋をふたつ抱えたクラレットはそれを下ろし、 頭や肩に積もった雪を払い落とした。 「ごめんね。こんな事ならガゼルも一緒に行かせるべきだったわ」 「…………おい」 「いえ、大丈夫です。大した事はありませんから」 「でも、風邪は引かないように気をつけてね」 「…はい」 リプレに優しくタオルで髪の水分を拭って貰いながら、くすぐったそうにクラレットは答えた。 そして、盛り上がる広間を覗き込んで。 「もう、始まっているんですね」 「ええ、そうよ。さっき子供達が『サンタさん』にプレゼントを貰ったところよ」 子供達に混じって、少し大きな子供達までが一緒になって笑い合うその表情が、 冷えた身体に温もりを灯した。 「なかなかに滑稽だったぜ。あいつが赤い帽子と服とズボンと、 それに白いカツラとヒゲを付けた様は、な」 にやにやと笑うガゼル。 「そうね。白い大きな袋を抱えて、ね。なかなか可愛かったわよ」 思い出し、くすくすと笑うリプレ。 「そうですか。私も見たかったです」 服の製作を頼まれたリプレに作りかけの服は見せて貰った事は有るけれど、 実際あの人がそれに袖を通した姿は見ていない。 残念そうに溜め息を吐いたクラレットに、リプレはまだ見れるんじゃない?と気軽に答えた。 何を置いてもクラレットを一番とするあの人が、彼女を残すわけが無い。 それに… あの人からこの『クリスマス』の真意をただ一人打ち明けられたリプレは、 それがとてつもなく羨ましくも、それは当然のプレゼントだとも心から思った。 だから、こうして会場や服を作ったし、みんなにこっそりナイショで二人で買い物にも行った。 喜んで欲しい。 似合って欲しい。 なにより、その誓いの為に。 「……ねえ、クラレット?」 「はい、なんでしょう?」 「取り敢えず、着替えてきたら?そのままでは風邪を引いちゃうし、 もしかしたらあなたへのプレゼントも届いてるかもよ?」 「…は、あ」 枕元に置かれた靴下にサンタはプレゼントを入れるんだよ、と教えられ、 面白い習慣ですねと思う反面、無理が有りそうですね、と苦笑した自分が居たのだが、 いいじゃない、面白そうよ、とリプレに諭されて、置いてきた記憶は確かに有る。 でも、何が入るかはともかく、誰が入れるかは解りきっている。 自分がこうして出かけている間に、そんな事をする時間は幾らでも有った筈だ、と、 そして何を入れられているのか気になる、という思いから、クラレットは自室へ行こうとした。 そんな彼女の後ろから、リプレは再び声を掛けた。 「クラレットは、何が一番欲しいの?」 「…え…?」 とっさに何を言われているか解らず、立ち止まって振り返る。 驚いて目を瞬かせる彼女に、リプレは同じ質問を繰り返した。 「…何って…そんな事を考えた事、有りません」 「じゃ、今考えて」 「そんな…」 少し意地悪く細まった深緑の瞳と、戸惑い伏せる紫の瞳。 胸に手を当て、心の奥に意識を移して。 一番に思う事など何も無かった。 父と呼んだ人に愛されたかったけれど、それも何処かで諦めていたのかもしれない。 執着など無かった。 この命は死ぬ為に生まれ、この身体は死ぬ為に作られたものだったから。 …あの人に、逢うまでは。 心も感情も色も温もりも知らず教えられず、死ぬ為だけに生かされてきた 自分の暗く狭い世界に光を齎せた人。 「……………。過ぎた願いだと思っています、でも」 ややあって口を開いたクラレットの表情に、リプレは息を呑んだ。 限りなく優しくて、何処までも穏やかで。 誰にも揺るがす事の敵わない、しなやかな強さ。 「共に、在りたいです。ずっと、ずっと…」 「…絶対に叶うわ。絶対に」 そうでないとこの意味が無い。 それじゃ、着替えてきますね、と広間を後にするクラレットの背を見送って、 くすくすと笑うリプレに、口を挟めず傍観していたガゼルやスウォン、 セシルたちは顔を見合わせて首を傾げた。 あの優しくて真面目で一途にクラレットを想うサンタは。 どんな顔でどんな言葉で彼女だけのプレゼントを渡すのだろう。 その必死な顔が容易く思い浮かぶ。 そして、きょとん、としながらも次第に嬉しさと幸せに彩られていく彼女の顔も。 その瞬間は、もうすぐそこ、もう間もなく。 「…ふふっ、頑張りなさいね」 どぎまぎと胸を高鳴らせ、顔を朱に染めて。 後ろ手に持った小さなプレゼントをぎゅっ、と握りしめて。 近づいてくる彼女に至福のコトバを。 さあ、サンタさん。覚悟は良いかい? 某H様のサイトの絵板に書かせて頂いたものです。 (しかも2月に…時期外れもいいところ) 完全に科白を出さなかったので、アヤでも大丈夫だろう、と思ってたのに、 行動がハヤトやナツミさんっぽい、と言われまして(笑) 特にサンタに扮してプレゼントを配る辺りが…らしいです。 ああ、そうかー…!と頭抱えました。そこまで気付きませんでした。 完全に盲点だった… 私の中では誓約者サンタが何を渡したか、何を言ったか、ちゃんとこの続きは存在するのですが、 それをすると、誰か、を特定しない意味が無くなるので此処までです。 (絶対、行動や科白が出てしまうので) あと、レイドたち、子供たち、セシルたち、それぞれの小噺も一応は存在するんですが、 それをしても誓約者が誰か、(或いは誓約者の性別が)が解ってしまいそうで なんとなく二の足踏んでいます。 性別だけでも特定すれば、凄い簡単なんでしょうけど。 この辺りが「姫と誓約者」を書いてて一番楽しく、一番難しいところです。 クラレットさんは果たしてどんなプレゼントを貰ったか、どんな言葉を掛けて貰ったか、 想像して下さると嬉しいです。 それにしても、リプレさん書くの楽しいですね。 リプレさんも大好きですとも。 20050202→20050208UP Ss Top |