わたし を よんだなら どこへ でも いくわ…
 































何処からそんな歌を聴いてくるのだろうか。





初めて聴いたのは、戦いで大怪我をした時だった。
夢の中のような、ボンヤリとした意識の中で、それが彼女の歌声だと言う事だけははっきりと解った事を覚えている。
後から妹弟子たちの聞くところによれば、彼女は膝の上で何時間も、
僕が気付くまで歌いながら癒し続けていてくれたらしい。
その事で、彼女に好意を持つ弟弟子を含む男たちに、暫くの間随分と冷たい視線を送られたものだが。

それからはよく耳にした。
いや…きっと無意識に探していたのかもしれない。

食事の支度、掃除、洗濯の途中で。
雲ひとつ無い透き通るような蒼い空の下で。
黄金の光だけが闇を支配する月下で。




歓びの歌を、悲しみの歌を、願いの歌を。














月光下。





聖なる大樹の前。
彼女が得意とする癒しの奇跡以上に心を和ませる歌う後ろ姿。

だが、今聴くものは、今までのものとは全く違う。
殆どの言葉は聴いたことの言語で紡がれていた。

 これは…サプレスの言葉か?

そう思いながら、後ろ姿を見ていた僕の前で不意に旋律は途絶え、彼女が振り向いた。

「……何時から、そこに居たんですか?ネスティ?」

真っ白な吐息。

「君の声が聴こえたんだよ。君こそ、こんな時間に何をしている?」

 アメル?

恥ずかしさに頬を染め、唇を尖らせる彼女の傍にゆっくりと近づく。

「あたし、そんなに大きな声で歌ってました?」
「いや。だが、君の声を聴き逃すほど、僕の耳は悪くはない」
「…………もぅ」

よく、そんな恥ずかしい事が言えますね、と揶揄されたが、一向に気にかけず、
僕は融機人だからな、そう言うと彼女は苦笑を隠しもしなかった。

 こんな夜遅く、家に居なかったら此処しかないだろう。

そんな事は言わないが。
羽織っていたマントを外し、冷え切った彼女の肩へ掛ける。
こんな季節にこんな時間に外へ出るなんて、風邪を引きたいと言っているようなものだ。
ありがとうございます、と小さく呟いて、確かめるように自分と僕の手を交互に見つめた。

「……あたしも、貴方も。力なんてあの日に失ってしまったのに。そんな事を言うんですか?」
「…そうだったな」





2年前のあの戦いの時に。
最後の力を振り絞り、調律者の末裔二人は、命と引き換えに大悪魔を抹消。
『聖なる大樹』と呼ばれた姿へと化身した後も、ばら撒かれた原罪を打ち消し、
同じく大悪魔の影響で存在を消されかけていた僕達の命までも繋ぎとめた。
僕は融機人としての力を失った。
血に細胞に遺伝子に刻まれていた血識も失い、在るのは、ぼんやりと掠れ始めた記憶のみ。


僕達に、人間としての力と命を与えてくれたあの二人は何処を旅しているだろう。
生まれた街とやらに着いただろうか。





「…そうだといいですね」

天使の力を総て失っても、触れずして心を察する力は相変わらずのようだ。

「あの二人の事だからな。どこかで迷子になっていそうだよ。僕にはそれが心配だがな」
「……ふふっ」

愛おしそうに聖なる大樹の幹をそっと撫でて、視線は高く上がる。
再び紡ぎだされた旋律は、やはり聞き覚えの無いもの。
静かな闇に解け消えていく歌は、再び途絶えた。

「…アメル、それは…」
「ネスティ」

僕の言葉は打ち消され、なんだ、と答えると樹の幹にもたれかかり、彼女はこう切り出した。

「『名も無き世界』にも天使と悪魔って存在してるそうですね?」
「……そう、らしいな」

 何故、いきなりこんな事を言い出すんだ?

考えるより先に、それについての知識が口をついて出ていた。

「あそこでは信仰の対象、と言う意味で実際には存在しないらしいな。
だがやはり、悪魔は恐怖の象徴であり、天使は幸福の象徴と聴いているが」
「そうみたいですね。それはあまりこちらの世界と変わらないんでしょうか」
「向こうと此処では、よく似たものも多いらしいからな。信仰も似ている事もありえる話だ。
だが、何故突然そんな事を言い出すんだ?」
「以前、聞いたことが有るんです。一年に一度、神様が生まれた日を祝う日があるって。
賛美歌を歌い、天使が祝福をするんだって。
あたしが天使のままだったら、少しでもそんな事が出来たのかな、って、そう思うんですよ」
「力を失った事を後悔しているのか?」
「いいえ、違います!」

力強く言い切って、ゆるり、と首を横に振った。

「あたしはあたしですから。力が有ってもきっとアルミネと同じことは出来ません。でも…」

 あたしには、何が出来るのでしょう?
 力が有れば、哀しい想いなんかさせずにすんだのでしょうか?

まだ何か言いよどむ彼女の言葉を遮った。

「何を迷う事があるのか、僕には解らない」
「……!?」
「天使の力が有ろうと無かろうと、君は君の力でそれが出来る。
僕も、此処には居ない二人も。そして君の祖父や他の仲間達もそれで救われてきた。
君は、それでは不満か?」

息を呑んだ音がして、榛の瞳が恐る恐る上がってくる。

「ネス、ティ?」
「…なんだ?」
「貴方にそんな風に言って貰えるなんて思わなかった……
すごく…すごく、嬉しい…」
「…そうか?」
「……もぉう」

何が不満なのか解らないが、むぅ、と頬を膨らませる姿は妹弟子によく似ていた。

 やれやれ、相手にこんな顔をさせるようでは、僕は……にはなれないな。

「え?」

大きな目を一度だけ瞬かせて。

「何に…なれないんですか?」
「…良く、聴こえたな」
「ネスティの声ですから」
「…………。名も無き世界で悪魔や天使と共に、想像上の生き物だよ」

 生き物、と言うよりは、人物か。

「ネスティはネスティですよ?」
「…そうだな」

 たまにはこういうのも良いだろう。
彼女が言った日にだけ歓びを配る人物にはなれないが、こういうのも。
彼女が言う『祝福の日』とやらがこの世界では今日に当たる筈だ。
…まあ、最も僕の記憶違いの話でなければ、の話だが。
彼女自身は全く気付いていないみたいだから、良いとしよう。















「さあ。いい加減、夜も遅いし、寒い。僕はいいが、君に風邪を引いて倒れられると困る。帰るぞ」
「ネスティがそうなったら、あたしが心配します」
「…今は君の話だ」
「………………う、ん」

すっかり冷たくなった彼女の手を取ると、目を細めてふわり、と微笑んだ。
構わずに歩き出すと、彼女も大人しく付いてくる。

「…ネスティ」
「なんだ?」
「本当は凄く嬉しかったんです。貴方があたしを見つけてくれたこと。
何時もそうでしたよね。あたしが此処に居ると必ず迎えに来てくれて。
今日も来てくれるかな、って少しだけ期待してました」
「応えられて光栄だな」

そう言うと、困ったような顔ではにかむ。

「…あの歌は、ですね。ネスティ」
「ああ」
「二人があたし達を助けてくれた時に、力を失った時に思い出した歌なんです」
「なんだと?」
「あんな事が有ったから、ずっと歌えなかったけれど、ずっと忘れていたけれど、アルミネも良く歌っていました。
だからネスティ、聴いててください。」
「僕にか?」
「ネスティに一番聴いていて欲しいんです」

掴んだ手を握り返し、三度、彼女の唇から零れる旋律。
ゆったりと、澄んだ声が森の中に響いては消えていく。
先程までと違うのは、サプレスの言語ではなく、リィンバウムの言葉であること。

「…綺麗な歌だな」

彼女にけして聴こえないように呟いて、歩く速度を落とした。








もう少し。
小屋に着くまでもう少し。
こんな温かな気持ちをもう少しだけ噛み締めていたくて。
握り返された手に、もう少しだけ力を込めて空を見上げると、輝く月だけが僕達を見下ろしていた。
































 いつまでも うたうわ あなたの ために…




































すみません、すっごい楽しかったんですが。
うっわ、書き易いなぁ、この二人。
ネスティはアメルさんラブっぷりが炸裂してますし(笑)アメルさんはネスティ呼び捨てがえらく楽しかった!!
呼び捨てさせたかったんですよ!それが出来るのはやはりED後ですし。
凄い楽しかったんですが、オリジナル設定ですみません。
マグトリ同時存在で、彼らが大樹になった、と言う設定です。

クリスマス投票3位記念&フリーで書いたのですが、あんまりクリスマスとは関係なさそうな話になってしまいましたね…
まあ、楽しかったからいいや。(いいのか、をい)

言うまでもないかもしれませんが、歌詞は平原綾香嬢「Jupiter」から。
良い曲です…!

   
20050101UP   


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