まるで、漫画の一コマみたいに。
まるで、映画のワンシーンみたいに。

虹色に輝く液体が、俺の頬の上で跳ねて、更に小さく、数え切れないほどの数になって弾けて消える。





 綺麗だな。

俺はぼんやりとそんな事を思いながら、それが落ちてくる先を見ていた。





 クラレット。

引き結んだ唇は時々喘ぐように小さく開かれ、硬く閉じた瞼からは止まる事の無い涙。
それが、俺の頬を、服を濡らす。

「ハヤト、ハヤト、ハヤト、ハヤト………」

繰り返し繰り返し…嗚咽の中に、俺の名前だけが混じっている。


 どうして泣いてるんだよ、何が有ったんだ?

声が出ない。




彼女は嗚咽を飲み込んで、呪文の詠唱を始めた。
聞いた事の有る抑揚。

 ああ…それってプラーマだよな。

胸に置かれたクラレットの手の中から、淡紫の光が生まれ、其処から出てきたプラーマの癒しの光が降り注ぐ。

 俺の上へと。

何度も、何度も。

俺の名前を呼んだ数だけ。





 何してるんだよ。
 そんなに魔力を使ったら、倒れちまうだろ。

でも、やっぱり声が出ない。
身体に全く力が入らない。


 どうなってんだよ、俺の身体。

総ての神経と力を右手に注いで、無理矢理に動かした。
俺の服を強く掴むクラレットの手に触れるだけが精一杯だったけど、彼女はそれに気づいてくれた。





ぱっ、と瞳を開ける。
溜まっていた涙がぽろぽろっと落ちて、俺の上で跳ねた。
大きく開かれた紫の瞳は、涙の所為で何時もよりずっと綺麗で。

「ハヤト!!」

一瞬浮かんだ怒りの表情はすぐに消えて、何かを言おうとする喉も震えて声に成らない。
張り詰めていた表情が、くしゃり、と壊れた。

「…………どうして……っ!」

痛い声が降ってくる。

「…どうして、どうして何時も何時も、貴方はこんな無茶ばかりするんですかっ!
どうして私を庇ったりしたんですっ?!
こんな事で、貴方はし…死んで…いたかも……しれ、ないんです…よ……」

声が次第に小さくなって、代わりにかちかちと歯が鳴る音が聞こえる。


 恐怖に上擦った声。
 哀しみに引き攣った声。





 …ああ、そうか。

思い出した。
戦ってたんだっけ、俺たち。
召喚術を発動させた一瞬の隙を狙って、襲って来た【はぐれ】から君を守ろうとしたんだよな。
反射的にそいつの前に身体を投げ出して。

冷たくて鋭い爪が、身体を抉ったんだ……

胸を貫通したその瞬間まで覚えているのに、不思議なほど恐ろしさを感じない。
感覚まで、麻痺しちまってるのかな。

「お願いですから…お願いですから…っ、こんな事をしないで下さい。
もし…もしも貴方が死んでしまったら………私、私はどう、すれば…っ」


 ……もっと、君を哀しませちまうんだろうな。




 でも、クラレット。

その言葉をそのまま君に返すよ。

君を失ったら、俺はどうすればいい?

守りたいんだ、君を。

絶対に失いたくないんだよ。

その為なら、何だってやってやる。

同じ事を繰り返すよ。

誰だって屠ってやる。

何も厭わない。





 ……分かってるよ。

こんなの、俺らしくないって事くらい。
君を哀しませる事なんて俺の願いじゃない。
泣かせたくなんか、無いのに。


 だけど、溢れて止まない。

異常なまでの、病的なまでの君への想いが、君を失うよりはマシだ、と囁く。


君を守りたい。

生きていてさえいてくれれば、それでいい。

それが叶うのなら、俺の生命なんて、幾らでもくれてやる。

哀しませる事の方が、ずっとマシだ、と。





 ………ああ、ダルイな。

何も答えられない、それどころか、まだ指先ひとつ動かせない俺に気付いてくれたクラレットは、険しい顔つきになると、またプラーマを呼び出す詠唱を始めた。

これだけプラーマを掛けても治らないほど、俺の身体は死んでいたのか…


 ゴメンな、クラレット。

何時も何時も君を困らせて、迷惑を掛けて。

君を守っていたつもりだったのに、何時も君に守られてたんだな。


 これでもし、生き延びる事が出来たなら。

君を守るよ、もう一度。

君が拒もうと、俺の総てを懸けて。

俺にはそれしか出来ないから。





ふぅっ、と彼女の顔が遠のく。

一生懸命嗚咽を飲み込むたび、溢れて落ちる涙はやっぱり綺麗で。





 …生きてさえいれば、何時かきっと泣き止んでくれるよな…?
 何時かきっと、もう一回笑ってくれるよな…?

きっと君には聞こえてないけど、俺は君にそう告げて、目を閉じ、意識を手放した。
熱い何かが、つぅっ、と頬を伝わっていくのを感じながら。








 
 それが俺の、身勝手な願いなんだよ…







まだ此処でお題を取り扱ってなかった頃、よそ様で見た「涙」というお題から書いたもの。
最初から最後まで、考える必要が無いくらい、頭の中には有ったのですが、
思うのと書くものでは、やはりだいぶん違いますね。

サモンナイトでは恐らく初めて出た「地金」。
こういう話をFFやエストでは普通に書いてました。
…が、こういう痛い話はキャラクター達に申し訳ない思いで一杯になります。
ごめん、ハヤト。
ごめん、クラレットさん。
痛い話で。

イメージ曲はサモンナイト3EDテーマ「lovelite」。
歌詞ではなく、曲のイメージから。


20031101UP



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