「ふぅ」

一口飲んで、僕はやっと安堵して息を吐いた。

「やはり、美味いな。君が淹れてくれたお茶は」
「ごめんなさい、遅くなって」
「いや、君にも用事が有るのに、僕が無理を言った所為だからな。仕方ない」

そう言ってもう一口。

「マグナやトリスも君の手伝いをしている割には、料理が上達しないな。
お茶ひとつ淹れさせても、君のとは随分と違う独創的なものを持ってくる」

ぱっ、と見た目から、匂いから、そして基本的に味覚に鋭くない自分さえも怯ませるような物体。
それを思い出すだけで顔も歪む。
派閥では料理などというものをしたことは無い。
スプーンやフォークの使い方すら知らなかった事から、北の街にいた頃もそんな体験をした事は無かったのだろう。
旅に出てから初めて、その中で必要な野外料理をフォルテやモーリン、カザミネから教わっただけ。
仕方が無い、と言えばそれまでなのだが。

 それにしたって、ある程度改善が有っても良いだろう。

「…ふふっ」

洗濯と台所の片づけをやっと済ませたアメルは、自分の席に座る。
不機嫌な僕を見て、堪えきれない笑いが彼女の表情を彩る。

「でもね、ネスティさん。それでも随分と上手くなってるんですよ?二人とも。
それにあたしは、レルムの村にいた頃からおじいさんやロッカやリューグたちのご飯を作っていたんです。
年季が違いますよ?」
「………確かにそうだ。君と比べる自体が間違っているのかもな」
「…そこまでは言いませんけど」

肩を竦める。
そして自分のお茶を一口口にしてから、思い出したように、あ、と小さな声を上げる。

「なんだ、アメル」
「そういえば、さっきの二人のケンカの事なんですけど……」

そこまで言って、アメルは頬に手を当て、何かを考えるように、ほんの少しの間天井を見上げる。
そして意を決した顔で、真っ直ぐに僕を見据えると、こう切り出した。

「さっきのネスティさんの行動は、ちょっと問題が有ると思います」
「………?何が問題なんだ?」

本気でそう言うとアメルは言葉に詰まる…が、それはほんの一瞬。

「いきなり女の子を抱かかえる、って事がですよ。あたし、すごくすっごくびっくりしたんですから!
ネスティさん、蒼の派閥にいた頃から、そんなことをしてたんですか?!」

意外な声高の詰問に、僕は唖然とした。
その怒りの剣幕に、理路整然と言い返す事すらも忘れ、すまない、と呟いてしまう。
まったく、僕らしくもない。

「…そう、だな。確かに召喚術から身を守るためとは言え、女性には失礼な事だったか…?」
「いきなり、でしたから」
「あそこにいた頃、僕の身近に居た女性はミモザ先輩とトリスくらいだったからな。
先輩はともかく、トリスを相手にしていると、ついつい女性だという事を忘れてしまう」

そう言うとアメルは苦笑した。
心当たりがあるのだろう、彼女にも。
時折マグナ以上の男らしさを発揮する彼女を、僕もアメルも良く知っている筈なのだから。

「…それでも。トリスは細くて繊細な女の子です。そして、あたしも。気をつけてくださいね、ネスティさん?」
「……………善処しよう」
「…はい」

 ネスネス、ほら見て。
 可愛いよな?

マグナやトリスがいたら、こんな台詞が囁かれていただろう。
あの二人でなくとも見惚れてしまいそうな笑みを浮かべ、立ち上がったアメルは何事かをしに台所へ入る。
そして十分もしないうちに出てくると、何故か忙しなげにきょろきょろと辺りを見回す。
何かを考える素振りを逡巡見せたのち、あ!、と手を打った。
そのあからさまにわざとらしい仕草を、僕はじっと見守る。

「あ、あのネスティさん。ちょっと風が強いので、お洗濯物が飛ばされていないか、ちょっと見てきますね」
「……あ、ああ」

僕の言葉を聴いているのか居ないのか。
それとも不審げな顔をしていることに気づいたのか。
言い終わった途端、駆け出した彼女の背を見送りため息を吐いて、カップの中身へと視線を移す。

「…まったく」

穏やかな僕の顔がカップの中で揺らめいている。

「…今日は風など強くない。それに庭に行くんならそっちじゃないだろう?アメル…」

 この場を離れるために、上手くもないウソなんか吐かなくとも怒りはしないぞ、僕は。

菓子を焼いている香ばしい匂いが届く。
それに、新しく淹れた紅茶の仄かな香りも。
間に合わせるように、慌ててプラーマやルニアを兄妹に施す姿を思い浮かべて、苦く笑う。

「本当に僕たちは」

最後の一口を飲み干して、三人が現れるであろう部屋の入り口を振り返る。

 彼らはどんな顔で、どんな言い訳をしてくるんだろう?

憮然とする兄妹と、ごめんなさい、と肩を竦める彼女と。
交互に見つめて、自分は赦すのだろう。

 ああ。僕たちは。
 決して君に、敵いはしない。 







本当はらくぶん、にアップするはずだったんですけど…
此方でオマケ、として救済SSになりました。
マグトリがマヒで動けない頃のネスアメの会話だと思っていただければ良いのですが。
三人称で書いていたのに、何時の間にやら兄弟子一人称になってたり、不思議な事が多いです。
結局は。
マグナもトリスもネスティも。
アメルさんが大好きなんですよ。
兄弟子さんの感情は兄妹とは少し違うみたいですが。(基本好敵手で親友ですから)
なんだかんだ言いつつ頭上がらないのは、兄妹と同じ、ですね♪


                                          
20040416UP