「あ!」

ふと、ナツミがその色に心を奪われた。

「どうしたんですか、ナツミ?」

何時もなら振り向いて答えるその背に、弾かれた言葉。
クラレットはただ驚いて、向きを変え、一瞬遠くなった背を慌てて追った。

「これ、バラだぁ」
「……『ばら』?」





    言葉





ナツミが足を止めたのは、色とりどりの花が咲き誇る花屋の前。
彼女が『バラ』だと指し示した植物は、クラレットも書物の中で見た事は有る。

 でも、もっと違う名だったような気がしますが?

初めて聴く発音をたどたどしく繰り返したクラレットに、ナツミはようやく肩越しに振り返った。

「あたしの世界では『バラ』って言うんだ」

十数枚から成る花弁が織り成す花も、身を守るように付いた無数の棘も。
よく似てるだけかもしれないけど、そんな気がした。

「…詳しいのですね」
「まっさか!」

ぱたぱたと手を振って、あっけらかん、と答える。

「あたしの世界ではポピュラーだからさ、誰でも、子供だってこの花の名前くらい知ってるよ。
母さんがガーデニングをしてたから、色んな花や苗を植えたりしていたけど、
あたしは興味なかったから、詳しくは知んないけどね」
「……!!」

ちくり、とクラレットの心に痛みが刺さる。
まるで、バラの棘のような。
何も気にしなくて良い、君の所為じゃないよ、と何度も言ってくれたけど、
彼女が居た世界の事を、彼女の口から聞くのは未だに怖かった。
自分が彼女をこの世界に呼び出し、親からも友人からも世界すらからも
引き剥がした罪を思い出さずにはいられなかった。
これだけ人を惹きつける魅力に溢れた彼女には、たくさんの友人も、
彼女を慕う人間も、そして彼女を誇りに思う両親も居たはずなのに。
総て自分が引き裂いてしまった。
苦しくて、目の前が暗くなる。

「……クラレット?」

突然言葉を失ったクラレットに、ナツミは怪訝そうに彼女を見る。
そして、その表情が物語っている事を一瞬で理解したナツミはあからさまにムッとした顔で、
彼女の顔を挟み込むように、ぱちん、と叩いた。

「…目が、覚めた?」
「な、つみ…」
「もう。なんでキミはあたしが言ったことを解ってくれないかな?!」
「で、ですが…」
「ですが、も何もない!どうして何時までも何時までもこんな事を気にするのよ?
キミがそんな顔をするたびに、あたしはキミに負担をかけてる気がして、
あたしは元の世界に帰った方が良いんじゃないか、って本気で思ってるんだから!
それともキミはそんなにあたしに帰って欲しいの!?」
「…………」

こんな強く激しい感情をぶつけられたのはあまりにも久し振りで、クラレットはその迫力に声すら出せず、
呆然と正面から見つめてくるナツミを見返した。
怒りに肩を震わせ、大きな息をし、赤茶の瞳には涙すら浮かんでいる。

解って貰えない怒りと哀しみ。
そして、此処に居られないという、失望と絶望。

「……すみ、ません。わ、私…は……」

決してこんな顔をさせたかったんじゃないのに。
自分を選んでくれた事が嬉しくて、でも引き換えにたくさんのものを置かせ、捨てさせて。
それほどの価値が本当に自分に有るのだろうか、と、元の世界に帰った方が
幸せになれるのではないかと。
ただ、そう思うだけ。

「…二度とそんな顔をしないと約束して。
あたしは自分でキミとこの世界を選んだ。それについて、何も後悔なんてしていない。
そりゃ、生まれた場所だし、17年間育った場所だし、父さんや母さん、
兄貴も仲の良かった友達も居たよ。
未練が全然無いわけじゃないし、みんなが心配してるだろうな、って事くらい、
あたしにだって解ってる。
それでも、あたしはキミを選んだの。
キミと一緒にこの世界で生きることを。
それがこれから先もずっと出来るのなら、もう二度と帰れなくても構わない」

厳かに、真摯に告げられて、今度はクラレットの瞳に涙が滲んだ。
頬に置いたままの手に、温かい涙が伝う。
ナツミはその手で涙を拭いながら、肩を竦めて笑った。

「ああもう。なんでそこでキミが泣くかな」
「だ、だって…だって……」

 こんなにも嬉しい事が有っても良いのだろうか。
 本当にこんな幸せが許されるのだろうか。

涙が溢れる。
止めようと思うほど、止め処なく流れ落ちてくる。
嬉しい事でも涙が出るのだ、と心の奥底で冷静に思いながら、でもそれを止める術を知らず、
泣きじゃくるクラレットの背をナツミはただ優しく擦り続けた。







そうしてようやく泣き止んだ頃。
ナツミは一輪の花をクラレットに差し出した。

「……これ、は…」

手渡されたそれは、彼女が『バラ』と言っていた花。

「あたしの世界ではね」
「…っ?」

優しい声に、花からナツミの顔へと視線を上げた。

「花のひとつひとつに意味が有るんだ。場合によっては同じ花でも色によって
違う意味になったりするんだけど」
「意味、ですか」
「うん、そう。『花言葉』って言うんだ。
名前が違うから、リィンバイムで同じ事が通用するとは思わないけどさ。
あたしの世界ではこの花の名前は『薔薇』。
意味は、赤い花は『情熱』、黄色の花は『嫉妬』だったかな?そんな感じでさ」
「…ではこの白い花は…?」
「……聴きたい?」

何故か、少しだけ意地悪く言われ、クラレットは勿論です、と返した。
ナツミはちょいちょい、とクラレットを手招きし、吐息の掛かりそうな至近距離から更に近寄ると、
そっと、耳打ちをした。

この意味は彼女だけが解れば良い。
だから。



「『あたしは貴女に相応しい』…ってね」



朗らかに、笑った。








この話を書くきっかけになったのは、確か、アメトリナツクラ祭りが無事終了した際に、同じ主催者だった友龍様から、ご苦労様でした、と黄色い薔薇を持ったクラレットさんのイラストを頂いた事でした。
こっそり見守るのは「薔薇の人」の役目で、私は「きいろ」だからきいろを見守るのは
「黄色い薔薇の人」だろう、というちょっとした笑い話から、上記の絵を頂く事になったわけです。
だから、私もその御礼に黄色い薔薇とクラレットさんが出る話を、と思っていたのですが…
黄色い薔薇は作中にもあるような意味らしく、涙を飲んで白い花に変えた次第です。
(赤も白も良い意味なのに、なんで黄色だけ…orz)
因みにその素敵イラストは友龍さんのサイト、「License!!」で拝見できます。

なんか、すごいシリアスのような、ほのぼののような話ですね。
私の書くナツクラって「そっと。君に、寄り添って。」といい、どうしてこんなに展開になっちゃうんでしょうか?
ナツミさんは激昂するし、クラレットさんは泣いたり落ち込んだりで…
もっと優しい、ふんわりした話が書いてみたいものです。

これを書き終わり、見直した時思った事。
「…ウチのナツミさん、めっちゃオトコマエ…」
ええ、こういう時、他の誓約者さんでもはっきりと答えをくれるでしょう。
でも、彼女が一番ストレートにそして即答しそうなイメージって有ります。
ウチのナツミさんはオトコマエです。
とゆーか、ウチのハヤトがあんまりにもぽわぽわしすぎですか…orz

何はともあれ、楽しかったです。
此方でもサイトアップの許可頂き、有り難うございました。


20050205UP




op