調律者さんと融機人さん、そして、天使さまの住む屋敷。
暮らしているのはたった四人だけなのに、きっと何処の家よりもかしましい。
「その手を放してよね、マグナ!アメルはこれからあたしと商店街に行くんだから!」
「トリスこそ。アメルは俺とハルシェ湖に釣りに行くんだぞ」
「釣りなんていつだって出来るじゃない?」
「今日は湖に入ってくる潮の流れが最高にいい、って聴いたんだ。
今日は絶対大物が釣れるから、アメルにも見せてやるんだよ。
買い物こそ、いつだって行けるだろ?」
「商店街に新しい甘味処が出来たのよ。今日がオープンで全部半額なんだから!」
「「むーー〜っ!」」
「………あ、の〜…」
二人の真ん中で、右の腕をトリスに、左の腕をマグナに取られたアメル。
ほとほと困り果てた顔で、トリスの淡紫の瞳と、マグナの青紫の瞳を交互に見るが、
口を尖らせ、睨み合う二人の視界にはどうやら入っていないらしい。
「……あたし、まだお洗濯も終わってないんですよねぇ…」
天井を見上げて、ほぅ、とため息ひとつ。
似た者同士、似た者兄妹。
アメルが幼い頃から一緒に育ってきたロッカとリューグも良く似ていたけれど、あの二人とはまた違う。
行動も考えも思考も癖も…あらゆる点において殆ど大きな差が無い。
ひとつの魂を分かち合ったように。
それ故に、やる事も良く似ていた。
たとえば、今日のアメル争奪戦。
「「なにが何でも!!」」
まったく同じタイミング、まったく同じ抑揚で。
「「ぜったい、譲らないから(な)!!」」
同じ言葉を口にする。
いつもならば、どちらかが渋々と譲るのだが、『今日限定』という言葉を武器に、一歩たりとも引かない。
「いっ、痛いです!マグナ、トリス!?」
「「ご、ゴメン。アメル…」」
「もぉ。二人ともひどいですよ…」
「「でも…」」
二人はアメルから、自分の片割れに少しだけ不満そうな視線を移す。
自分も、そして幼い頃から片時も離れず、一緒に生きてきたお互いがアメルを好きな事は自覚している。
だからこそ、時には譲るし、時には引けない。
どんなにつまらない理由であっても、自分がそう思っていない限り。
天使とか、召喚兵器とか、調律者とか、過去や罪や罰だとか。
そんなものは一切関係ない。
ただ、彼女が好きだから。
いつだって一緒に居たいから。
絶対に、譲れない。
「……仕方ないよね、マグナ」
「…そうだな。仕方ない、よな」
「ち、ちょっと待ってください!まさか…!」
言葉の意味を汲み取ったアメルが青ざめて叫ぶ。
ほんの数ヶ月前。
こんなふうに自分を挟んで対立した二人が、この屋敷を半壊させかけた事があった。
戦士としても召喚師としてもレベルの高い彼らが本気で戦ったりしたら、今度こそ倒壊しかねない。
「止めてください!トリスもマグナも!落ち着いて話し合いをしましょう、ね!?」
「…ゴメンね。でも、決着はつけないといけないのよ」
一歩前に出ると、アメルから放した手は腰の後ろに佩いてある短剣へと伸びる。
「俺たちはおんなじだから。だから、譲れない。さ、アメル下がってるんだ」
いつもの大剣がないマグナは、左脇に佩いてある短剣に触れた。
「お願いですから止めてください!ケンカなんかしないで!」
悲痛な声に、びくっ、と肩を震わせ、二人はアメルを振り仰ぐ。
申し訳なさそうに眉を顰めて、二言三言口を動かすが、アメルには届かない。
きゅ、と唇を噛みしめて。
「「ゴメン」」
それだけ言って、二人は対峙する。
すううぅ、と大きく息を吸って吐き、開いた目は本気。
こうなればもう、アメルの声も聞こえない。
「あんなのはイヤ…
あたしは二人に笑ってて欲しいのに…こんな時、ネスティさんがいれば…」
きっと、止めてくれるはずなのに。
その彼は派閥に出掛けたまま、まだ帰って来てはいない。
居ない彼を当てにしても仕方がない。
アメルは覚悟を決める。
止めないと。
もう、自分の声すら届かない二人を止めるためのたったひとつの方法。
それは召喚術。
酷なようだが、それしか手は無い。
部屋に何のサモナイト石があったか、思い出そうとしながら踵を返そうとした瞬間。
それは唐突に聞こえた。
「やれやれ。また兄妹ケンカ、か。まったく以って情けない…」
「!?」
アメルが願った救世主の声。
だが、それはいつもの…頭の上からではなく、何故か背中の辺りから聞こえた気がして、
不審気に眉を顰めた瞬間。
肩と膝裏に何かが当たったかと思うと、視界が変わる。
「???」
何故か目の前にネスティの顔。
しかも、下から見上げた構図。
「………………………えぇっ??」
「…ネスティ・ライルが命じる。いでよ、とらわれの機兵」
いわゆる『お姫様だっこ』をされているのだと気づいたアメルが小さな悲鳴を上げたのと、
抑揚の無い声が呪文を組み上げたのはほぼ同時。
「あ、……ええっ?!」
召喚された『とらわれの機兵』が右手の砲筒をネスティが示した方角へと向ける。
すなわち、未だに兄弟子の帰還に気づかず、壁やら柱を砕き、窓やら花瓶を割りながら
壮絶なケンカをする兄妹へと。
召喚術でないと止められない。
確かにそう思っていたけれど、まさかいきなり問答無用でネスティがそれをするとは
微塵も考えていなかったアメルは、今度は狼狽の声を上げ、ネスティを止めようと、
そしてマグナとトリスに危険を知らせようとしたが、時既に遅し。
「放て。ヒュプノブレイク」
ヒュオオオォン。
砲筒に青白い光が燈り、一瞬にして巨大なエネルギーに変わる。
そしてそれは無慈悲に放たれた。
ズッ…ドオオォォン。
シャレにならない轟音が屋敷中を震わせ、住宅街一帯に響き渡った。
開いた窓から立ち上る白い煙。
「ねねねね…ネスティさんっ?!」
屋敷中に充満した煙にむせながら、煙の向こうにいるはずの兄妹と、容赦ない鉄槌を下した
彼らの兄弟子に、アメルはただおろおろとうろたえる。
「こうでもしなければ止められない。君もそう思っていたんだろう?」
「そ、それはそうですけど…でも、やりすぎですよ…?」
「あの二人がそんなにやわなものか。ほら、見てみろ」
白煙の向こうに、ゆらり、と映る影ふたつ。
そして、けほけほっ、と咳き込む音と、なんなんだよ、とぼやく声。
白い制服や頬が薄汚れてはいたものの、深刻なダメージは見当たらないマグナとトリスが出てくる。
「本当に、あきれるほど君たちは丈夫だな」
『ヒュプノブレイク』といえば、威力こそ抑え気味だが、立派なAクラスの召喚術。
しかも、ネスティは家の損害を押さえるため、ごくごく小範囲にだけにそれを放った。
つまるところ、それだけ威力は大きかったはずなのだが。
それを予告も無しにまともに受けて、これなのだから。
感心よりも呆れたため息を吐くネスティに、マグナとトリスは、むぅ、と口を尖らせる。
「ネス!いきなり何するのよ!」
「ひどいじゃないか、ネス?」
思いっきり白煙を吸い込んだ二人の息は何処となく白い。
「何、って…君たちのくだらない兄妹ケンカを止めてやったんじゃないか。
感謝されても、怒られる筋合いはないぞ?」
「だからって、いきなり『とらわれの機兵』を使うことなんか無いじゃない!」
「これくらいで済んで良かったな。それとも、『ヘキサアームズ』や『ゼルゼノン』の方がお好みだったか?」
それくらいじゃないと、君たちには効果がなかったようだしな。
にやり、と口の端を持ち上げて笑う、不敵な笑みにますます二人は面白くない顔を隠さない。
「………あのさ、ネス」
兄弟子を頭から足の先までじっくりと見ていたマグナが、どこか剣呑な光を瞳に宿らせ、
すこぉし引きつった笑みを浮かべた。
「聴いても、いいかな?」
「…そう、ね。あたしも聴きたいな」
トリスが大きく頷く。
「………なんだ?」
「「どうしてネスがアメルを抱っこしてるのよ(んだよ)!!!」」
言われてネスティは抱かかえたままのアメルに視線を落とした。
超至近距離でばっちりと目が合ったアメルは、気恥ずかしそうに視線を逸らす。
それがまた二人には気に入らない。
「…ふむ。君たちのケンカの巻き添えを食わないようにしただけだが?」
「あたしたちは、ちゃん、とアメルから離れてたもん!」
「ネスのとばっちり、だろー?」
「そうとも言うかもしれないな」
喧々囂々と上がる非難もなんのその。
何食わぬ顔で、しれっ、と受け流すネスティに、マグナがついに痺れを切らせた。
「いいから。アメルを降ろせよ」
「そうよ、そうよ。ネスのじゃないんだから」
トリスの言葉に、このケンカの発端を知ったネスティは大げさにため息を吐いて、もう一度アメルを見た。
「…また、なのか?」
「は、はい…」
肯定の返事に、もう一度だけため息を吐く。
両手が使えていたならば、眉間に寄るしわに手を当てて嘆息していたところだろう。
「まったく…」
君に思い入れる情熱の十分の一でも勉学に使ってくれれば、テストでももう少しマシな点が取れそうだな。
ぽそり、と呟いたそれはアメルにだけ届く。
「さあ、ネス。アメルを降ろしてちょうだい!」
「ネス!?」
ずずい、と詰め寄る二人を暫くは呆れ顔で見ていたネスティ。
だが、何を思ったのか、不遜に笑って拒絶した。
「いやだ、と言ったら?」
「ねねっ、ネスティさんっ!!?」
意外な返答にマグナとトリスは一瞬呆けて…その隙間を縫い、アメルが声を上げた。
「「な、何を言ってるのよ(んだよ)?」」
「どうせ、彼女を放したら、君たちはまたケンカを始めるんだろう。
くだらない事に巻き込まれる彼女の身にもなってみろ。迷惑極まわりない」
「むぅ…」
「うう…」
言い包められて、押し黙る二人。
ネスティから互いへと視線を移し、目と目で何の会話をしたのか。
やがて大きく頷きあった。
至極真顔で。
「…どうしてもネスがあたしたちのじゃまをするんなら…」
「…先にネスを倒すしかない、よな」
「……倒す?僕を?君たちが?」
ふっ、と斜に笑ったその顔はまさしく悪役そのもの。
どこぞの怪人とか、継母とかそういった役割がお似合いの。
「アメルが連れて行かれたら、元も子もないからな」
「一時休戦、って事ね」
「と、トリス!マグナも?ネスティさん止めてください!」
言いながらもがくが、しっかりと肩と膝を固定され、動くに動けない。
「なに。すぐに終わる。これは教育的指導だ」
兄弟子に刃向かおうとする馬鹿者へのな。
「「ネス、覚悟!!」」
さすがに剣は抜いていないものの、本気モードを顕にした二人が低く身構え、二手に分かれて飛び出した。
「ネス、アメルは返してもらうわよ」
「それじゃ召喚術は使えないだろ?」
「…だから、君たちはツメが甘いんだ。……いでよ、パラ・ダリオ」
「「!!?」」
アメルを抱く左手から強烈な青い光が迸る。
光に紛れ出てきたのは、ひとつの骸に複数のどくろを持つパラ・ダリオ。
「刃向かいし愚か者に、死の戒めを!永劫の獄縛」
「うわぁっ?」
「きゃっ!」
ばりばり、と電撃にも似た衝撃が身体中を駆け抜け、二人は身体の自由を失う。
「マグナ!トリスっ!!」
「君たち相手に、たったひとつの召喚術で挑むものか。一撃で君たちを止められない時のための保証、だ」
「イバ…って…言うこと、か、よ…」
「ようするに…最初、っから…ふたつ用意、してた、って…こと?」
立っていられなくなり、がくり、と膝から崩れ手を付いた。
体力に自信のある二人でも状態異常は容易に解くことなど出来ない。
それだけネスティが本気で行使してきた、という事が容易く推測できる。
「まあ、他にも有ったんだが、ふたつで済んで良かったな。
さすがにレベルが高いとはいえ、アクセサリーをつけていなかったのが敗因、ってところか」
「「…………ネス…」」
ひどい兄弟子だな、と呟いた二人に、その兄弟子を二人がかりで襲うなんて、ひどい弟弟子と妹弟子だな、といっそ爽快に笑う。
「さて、アメル?」
抱かかえたままのアメルに視線を変えると、厳しい眼差しが一転、穏やかなそれに変わった事に、
声も出ないほど彼女は驚いて。
「ななっ、なんでしょう?」
「とりあえず、僕にお茶でも入れてくれないか?
外は暑かったし、なにより煩わしい事に手をかけさせてくれた馬鹿者がいたしな」
「む…」
「うう…」
「…あ、でも…」
跪いたまま、立ち上がれない二人を心配そうに見下ろす。
「でも。二人を癒さないと…」
マヒだけでなく、Aクラスの召喚術、しかも手加減無しの連発を喰らった所為で、
さすがの二人のHPもずいぶんと下がっている。
「二人とも体力だけがとりえだからな。放っておいても心配ない。それに下手に癒すと君が苦労するぞ」
「え?」
「また同じことの繰り返しになるだけだ。
こいつらが動けないうちに、君の用事を片付けたほうが賢明だと思うが?」
「あ……」
まさに、目からうろこ。
ああ、そうかもしれませんね。
ネスティの腕の中でぽん、と手を打った彼女に、マグナとトリスは青ざめる。
「「ま、まさか…」」
「わかりました」
納得したアメルをそっと降ろし、さりげなく肩を引き寄せて、ネスティは勝ち誇った笑みを二人に放つ。
「それじゃ、頼むよ。アメル」
「はい。……っと」
ごめんなさい、また後でちゃんと来ますから。
少し躊躇いながら、動けないマグナとトリスに深々と頭を下げたアメルは、踵を返したネスティの背を
追いかけて行ってしまう。
「「ああ〜アメルぅ…」」
心の中で彼女の背に手を伸ばすが、届くはずもなく。
「アメル…ルニアとは言わないから、せめてリプシーを…」
「ちくしょ〜」
痺れてまだ上手く自由にならない身体を倒し、大の字に横たわったマグナに、トリスも習う。
「アメルが…ネスに取られちゃったよう…これじゃもう、お店間に合わないかも…」
「俺だって、早く行かないと潮の流れが変わっちゃって、もうダメだよ…」
「ネスってば、ものすごく本気で邪魔するんだもん。まだ動けない」
「ほんとだよなぁ」
「「はあぁ〜……」」
大きくて深くて長いため息をひとつ。
ふたつ。みっつ…
とぉ、ほど数えた頃、トリスが不意に真顔で呟いた。
「ね。もしかしてネスもアメルのこと、好きなのかな?」
「…ええぇぇーっ?!」
「そうじゃないとさ。納得できないよ」
突然の妹の発言に一瞬思考が吹っ飛ぶが、冷静に考えるとそんな感じもする。
自分たちへの『教育的指導』にしては納得いかない点も確かにある。
「うーん…そうなのかなぁ?」
「ネスがアメルのこと好きだったら、それはそれで嬉しいんだけどさ」
「そうだけど…」
とても、複雑。
小さなため息を吐いたマグナをトリスは横目に見て、少しだけ顔を緩める。
「…ね、マグナ」
「ん?」
「あたし、今度は絶対負けない。マグナにも、ネスにも」
ゆっくりとゆっくりと左手を掲げる。
「…俺だって負けない。トリスにも、ネスにも」
妹の小さな手に右手を添えて。
「「ぜったいに、譲らない」」
大好きだから。
「「とりあえず」」
天井へ向かって広げられていた左手が、きゅ、と握られる。
「「打倒、ネスティ!!」」
調律者さんと融機人さん、そして天使さまが住む屋敷。
暮らしているのはたった四人だけなのに、やっぱり何処の家よりもかしましい。
オマケ
「ブイエス」はシリーズ化してますね。
オフラインで書いた「トリス争奪戦!」「マグナ争奪戦?」「ブイエス(マグナVSトリス)」、
このサイトに有る「誓約者さまと護界召喚師殿の場合(ハヤクラ)」
同じく「誓約者さまと護界召喚師殿の場合(ナツクラ)」。
ナツクラは「Clalet Festival」に置いてあります。
そしてこの「アメル争奪戦!?」で6作目になりました。
このシリーズは愉しいので、また書きたいものです。
どの組み合わせで行こうかなぁ…
20040319UP
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