「お姉ちゃん」

些か不機嫌そうな声が後ろからぶつかる。
クラレットはきょろきょろと辺りを見回して、自分以外の人物が居ない事を確かめ振り向いた。

「私、…の事、ですか?」
「そうよ」

おませで、それ以上に勝気な性格のフィズは、10ほども年上のクラレットを真っ直ぐに見据える。
まだ幼い彼女から漂う、威圧感にも似た雰囲気にほんの少しの恐れを感じつつ、クラレットは首を傾げた。

「…なんでしょう?」

すると、フィズはやおらクラレットに人差し指を突きつけて、

「それよ、それ」
「???」
「お姉ちゃん。女の子なら、ちょっとは笑わなくちゃダメよ!」
「…え…?あの……」

意外と言えば余りにも意外。
そんな事を指摘されるとは思いもよらなかったクラレットは目を瞬かせ、言葉を失う。

「せっかく、お姉ちゃんキレイなのに。
 笑わないと勿体ないんだから」
「は、はあ……」

確かに、此処に来るまでの生活が生活だっただけに、感情や言葉を形にする事が上手くないことは自覚している。
 
でも、それでも随分慣れて来たとは思っていたんですけど…

クラレットの心内など知らず、フィズは、くいっ、とその手を引っ張った。

「ちょっとしゃがんで」
「…?はい」

屈んで近くなったクラレットの顔に、フィズは両手を伸ばす。
そして、二本の人差し指で口元を押し上げた。

「……?!」
「こう、よ」

わけが解らず、ただ目を丸くしたクラレットに、フィズは笑う。
その性格ゆえに勝気な笑みを浮かべるフィズが見せた、驚くほど可愛らしい笑顔。

「………解った?」

手を離し、ととっ、と数歩下がって後ろ手を組むと、今度は何時もの勝気な笑みが彼女を彩る。

「今度からそうやって笑いなさいよ」
「…あ、…はい」
「そうしたら、お姉ちゃんの恋人だってイチコロなんだから!」
「こ…こいびと……??」
「そうよ。じゃあね、頑張りなさいよ」

鼻歌交じりに踵を返したフィズの背中を見送りながら、クラレットは自分の口元に指を当てる。

「笑い方、ですか…」

フィズの笑みが蘇る。
 
確かにあんな風に笑えたら、いいかもしれませんね。

「ありがとう、ございます。フィズさん」

温かい気持ちを感じつつ、屋根裏部屋へと向かいながらクラレットは、ひとつの疑問を思い出していた。

「……そう言えば、『コイビト』ってなんなのでしょう…」


その後。
クラレットの見惚れてしまう笑顔と『コイビト』発言に、思わず屋根から滑り落ちそうになった誓約者が居たらしい。



主人公とパートナー以外を書いた事が無く、いきなり困惑した覚えが。
しかも初めて新規に絵板を使ったのですが、何が何やらで苦労して書いたような…
「キレイなのに〜」の科白からこの話を組み立て、オチも祭り中の定番として定着しました。
初めてだらけでしたが、とても楽しかったです。


20040201UP


のいち   es op   のさん