目を閉じると鮮烈に瞼の裏に甦る。

 大勢の騎士に嬲られる老人。
 後ろ手に腕を縛られ、連行される女性。
 巻き込まれて、動かない小さな子供。

耳を澄ますと生々しく聞こえる。
 
 剣戟音。
 肉を殴るくぐもった音。
 悲鳴と怒号。
 
 …彼らの煽る声…

 
ふるふると、首を振る。
頭を押さえていた手。
その掌をじっと見つめた。

 召喚術。
 巨大な力。
 人知を超えたもの。

…それがなんだって言うのよ!!
使えなかったら、意味ないじゃん。
役に立たなきゃ、どうしようもないじゃん!
なんなのよ、この力!
役立たず!!!
………………………。
………………役立たずは、あたしか…
逃げ出しちゃったあたしに、どうこう言う資格は無いよね。
何でも出来るって、助けられるって。
この力を過信してたあたしには。

 
 キィ。
その音に、伏せていた瞳をクラレットは上げる。
椅子に座り、じっと何かを考えていたナツミがゆらり、と立ち上がる。
そのまま暫く立ち尽くしていたが、ゆっくりと顔だけが、後ろのベッドに腰掛けている
クラレットへ向けられた。

クラレットは彼女の意外な表情に息を呑む。

 笑っていた。
 何時もとそう、殆ど変わらない笑みが其処には在った。
 『殆ど』変わらない笑み。
 ほんの僅か。
 確かな違和感。

仕方が…無いですよね……
この人は優しすぎる。
自分の所為ではなくとも、責任を感じている。
何もしていないのに。
貴女は何も悪くは無いのに。

 
「どうか、しましたか?」

目の前に立ったナツミに、なるべく平静を装ってクラレットも微笑を返す。

「…う、ん………」

変わらない声が嬉しかった。
変わらない表情が落ち着けた。
安堵した途端、心に、喉の奥に何かが込み上げる。
ぐっ、と我慢すると、表情が壊れて行くのが良く解った。
それから逃げる為に、曖昧に答え目を閉じて。

「なんかさ…解らなくなっちゃって。
怒りたいのか、泣きたいのか…なんかさ…
色んな感情が一緒になっちゃって、どうしたらいいか、どんな顔したらいいか、解んないよ……」
「…………ナツミ」

苦しそうに笑うナツミに手を伸ばし、項垂れていた彼女の頭をそっと抱き、自分の胸に暫く抱え込んで、
それから膝の上へと誘う。

「何も考えなくていいですから」

温かさを頬に感じながら、ナツミは再び目を閉じて。
少し硬めの赤茶の髪と、細い背をクラレットは優しく撫でて。

『何も出来なかった自分』に対する泣き言も、強がりも、嗚咽も。
存在しない。
ただ緩やかに流れる時間だけが在って。

その中でナツミは思う。
 もっと強くなりたい、と。
 せめて後悔しないほどには、と。

クラレットは思う。
 もっと近くに居たい、と。
 せめてこの背を支えていられるほどには、と。

 




仕事の帰り、とぼとぼ歩いている時に、ふと脳裏にクラレットさんがナツミさんの頭を
抱き抱えている、という絵が浮かびまして。
其処から書き上げたものです。
今までの話とは打って変わって暗く痛いものになってしまったので、
アップを相当躊躇ったものでも有りました。
主催者様と、もう一方にレスを頂いて物凄くホッとしたんですよね…
今では置けて良かったと思っています。
痛さの中に、揺ぎ無い強さを感じ取って貰えれば幸い。


20040209UP


のじゅう   es op   の十二