「あの…り、リプレ…さん?」

おずおずと赤のお下げが揺れる背に掛かる声。
だが、何時もの、お早うクラレット、という快活な答えは無い。

 やっぱり。

ふぅ、と溜息をひとつ。
 意を決し、大きく息を吸い込んで――

 

 もうそろそろ寝ようと部屋に戻るクラレットをリプレがちょっと待って、と呼び止める。
はい、と頷き、後ろから追いかけてきたリプレへと向き直って。

「ねえ、クラレット。ひとつ聴きたい事が有るんだけど。いい?」
「…はい。構いませんよ。リプレさん」

クラレットの答えに、リプレはふぅ、と大きな溜息を吐いて、肩を落とす。
随分あらかさまな反応に、クラレットは自分の言葉の中にその理由を探すが、解る筈もなく。
頬に手を当て、小首を傾げて答えを探すクラレットに、リプレは小さく苦笑する。

 やっぱり、考えもしてなかったみたいね。

「あのね、クラレット」

その言葉に我に返ったクラレットに、リプレは苦笑したまま尋ねた。

「何時まで私をそう呼ぶつもり?」
「……え?」

 意外な質問に暫しの沈黙。
じっくりと内容を吟味してから問い直した。

「そう呼ぶ、とは…私が貴女をリプレさん、とお呼びする事、ですか?」
「うん、そう」

躊躇いながらの質問はあっさりと即答されて。

「え…と。何か、おかしいでしょうか?」

何処にもおかしいと思い当たる節はない。
だが、リプレははっきりと言った。

「おかしいよ、そう思わない?」
「あ、あの…何処がおかしいのか、私には…」
「そうだよね。解っていれば、そんな困った顔しないもの」

其処でひとつ息を吐いて。

「私と貴女は同じ年の女の子よ、解る?
私は貴女ともっと近くで対等な位置に立って話したい、と思うのに。
どうして、何時までも私を『リプレさん』なんて呼ぶの?」
「あ……」

そんな事、考えた事も無かった。
これが最初から当たり前で普通で。

「レイドやエドスみたいに目上の人にならともかく。私達は此処フラットで数少ない同い年の女の子でしょ?
もっと、クラレットと近くなって仲良くなりたいのよ。
私がクラレット、と呼ぶのに、貴女だけが、さん付け、なんて何かヘンでしょ?」
「………すみません」
「そりゃ貴女の大切なパートナー様には敵わないけどさ」

 彼だけ呼び捨て、なんておもしろくないんだけど。

はっきりと言われたリプレの本音に、そういえば彼だけを呼び捨てにしている事に今さらながら気づく。

「そ、そんなわけでは…」
「じゃあ、私もそう呼んで欲しいな」
「え…あの……」

困り顔で俯いたクラレットの肩を、ぽんぽん、と優しく叩いて。

「心の準備がいるんだったら、明日の朝からでいいから」
「あ…」
「じゃ、お休み。クラレット」
「あ…はい…お休み、なさい…」

 後ろ姿を見送りながら、無意識に胸に手を当てた。
何とも形容しがたい暖かさと嬉しさと。
ほんの少しの驚きと。

「どうしましょう…」

 

 そして、今朝に至る。

反応の無い背に、意を決し、大きく息を吸い込んで――

 
「おはようございます。……リプレ」

 その声にリプレは即座に反応する。
包丁を持つ手を止め、つま先立ちでくるり、と半回転し、クラレットへと向き直ると、
今日の空のような晴れやかな笑顔を零す。
思わず見惚れたクラレットに、彼女も挨拶を返した。

「おはよう、クラレット!」




実は暖めていたネタ。
実際ゲーム本編中では、クラレットさんがフラットの皆の事を呼ぶ場面は殆ど無くて。
フィズだろうがラミだろうが「さん」付けしていそうです、姫は。
それがちょっと悔しくて、対等な位置を願うリプレさんと鈍感な姫が可愛く書けていれば良いのですが。


20040212UP



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