とんとんとんとん。
とてとてとてとて…

廊下をゆっくり歩くクラレットの足音に重なる、少しだけ早い足音。

「あ!クラレットのアネゴ!」
「ジンガ…さん」

呼び止められ、足を止めると、そのちっちゃな足音も止まる。

「エドスのアニキ、知らないか?」
「エドスさんなら、お庭の方に行かれるのを見かけましたよ?」
「そっか、行ってみるよ。サンキュな」
「いいえ」

駆け出した背を見送って。

 
 とんとんとんとん。
 とてとてとてとて…

「…え、と…」
「クラレット」

何か違和感を感じつつ、歩き出したクラレットの今度は横手から声が掛かる。

「はい。なんでしょう、レイドさん」

彼女が止まると、またその足音も止まって。

「私は今から告発の剣亭に行ってくる。リプレが帰って来たら、
私の夕食は必要ない、と伝えておいてくれないか?」
「はい。わかりました」
「ああ、よろしく頼む」

ガチャガチャと音を立てる鎧姿のレイドを見送り、クラレットはきょろきょろと辺りを見回す。
が、誰もいない。

「………??」

 気の所為…ですか?

小首を傾げ、なにかしっくりしない思いを抱きながら、広間へと向かう。

 
 とんとんとんとん。
 とてとてとてとて…

 やっぱり。

今度は確実に自分とは違う足音を確かに聞いて、後ろを向こうと思った途端。

「よぉ、クラレット。なに、シケタ顔してやがんだ」

正面から掛かる声。

「ガゼル…さん」

彼に気を取られ、後ろを向いた時にはもう誰も見えない。

「どうした?」
「い、いえ…なにも。それより、ナツミを見かけませんでしたか?」
「ナツミ?ああ、アイツなら、台所で水を飲んでたぜ」
「そうですか。有り難うございます」

ちらちらと後ろを気にするクラレットに、怪訝な顔をしながら、それじゃな、と
上げた右手をひらひらさせながら、ガゼルは彼女の脇を通り、自室の方へと帰っていく。

 
 とんとんとんとん。
 とてとてとてとて…

後ろから付いて来る足音は、自分のそれと重なったり重ならなかったり。
それがちょうど良いリズムを刻んでいる事にそれが誰なのかを気にしているクラレットには、気付く事が出来ない。
広間を通り抜け、台所を覗くと、其処には確かにナツミの姿。

「あれ、クラレット。どしたの?」
「あ、いえ…特に用事と言うほどでは…」

立ち止まると、後ろの足音も確かに止まったのをクラレットは確認する。

「用事はない、って…もしかして、あたしに会いたかった、とか?」
「え…?あ、あの…」

どうしても勝つ事の出来ない満面の笑みを間近で見せられて、思わずクラレットは半歩後ずさる。

「クラレット。顔、真っ赤だよ?」
「あ…!?」

何とも可愛い反応に、更に言い募ろうと近寄ったナツミの視線に、ふと入る影。

「ラミちゃん?」
「え?」

ぽそり、と呟かれたそれに、クラレットは素早く後ろを振り返ると、慌てて物陰に隠れる影がひとつ。
間違いない。

「…ラミ…さん?」
「やっほー!どったのラミちゃん。かくれんぼしてるの?」

何も知らないナツミは、大きな声でラミの名を呼びながらぶんぶんと手を振る。
流石にそれだけされれば、隠れている事も出来なくなったラミは、おずおずと出てきた。
何時ものように、くまのぬいぐるみで顔の半分までも隠すようにして。

「やっぱり。ラミさんだったんですね?」
「…やっぱり、って?なになに、どうしたって言うの?」
「…実は、ですね」

 
「へえ、クラレットの後をねぇ」

ナツミがちらり、とラミに視線を返ると、恥ずかしそうにますますぬいぐるみに顔を埋めてしまう。

「ねえ、ラミちゃん。どうしてクラレットの後を付いて行ってたの?」
「教えてくださいませんか?」

しゃがんで近くなった二人の瞳を恐る恐る交互に見て。

「……たの…」
「「え?」」

か細い声を聞き取れずに、思わず聞き返した二人の耳に今度ははっきりと聞こえた。

「おねえちゃんのお声、聞きたかったの…」
「……声、ってクラレットの?」
「…(こくん)」
「どうしてですか?」

そんな事を言われたのは初めてで、戸惑うクラレットの顔をじっと見つめる。

「おねえちゃんのお声、とってもきれい。だから…」
「………え?」

 …それだけの為、ですか?

驚きの余りただ目を瞬かせるクラレットと、うんうん、と頷くナツミ。

「確かにクラレットの声、キレイだもんねぇ。ラミちゃん、見る目有るよ!」
「ナツミまで」
「でもどうせならさ」

クラレットの声を遮って、名案、とばかりにぽん、と手を打った。

「本でも読んでもらえばいいじゃん。クラレットにさ」
「ええ!?」
「どう?」
「あ、あの…」
「…(こくん)」
「よし、決まり!」
「だから、ですね…」
「…おねえちゃん、いい?」
「…あ、…う……」

こんな目で見られて、断れるはずがない。

「…はい。私でよければ」

クラレットの申し入れに、ほわり、と微笑んだラミにつられて、彼女も小さく笑んだ。

 数分後。
読み聞かせに慣れておらず悪戦苦闘するクラレットと、じぃ、っと聞き入ってるラミの姿が子供部屋に在った。

 
「うん。確かに声は凄くキレイなんだけど、抑揚とかが無かったのがちょっとツラかったかな?」

 そんなナツミの言葉も有ったらしい。




これも日野司様の姫とラミの絵を拝見して急遽書いたものです。
(そんなものばかりですみません…)
ちょっとした理由が有ってある種封印していた話だったのですが…絵に負けました。
書かずにはいられなかったんです。
ですが。ああ…今見ても苦しい内容…そのうち修正を入れたいです。
「TASTY TIME」「昼下がり」と同じく書き難さ三大作品のひとつでした…(泣)
私には、ラミとの絡みなんて意外で面白いものなんですけど…


20040214UP



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